仏教の『宗派』って何だろう?


こんにちは、凛です。

『仏教』は、インドで生まれた宗教です。日本には、およそ1400年以上前に中国を経由して伝わったと言われています。

でも『仏教』と ”ひとこと” で言っても「○○宗」とか「△△派」だとか、いろいろあって、「なんだか良く分からないよ~」って思いませんか?

ではでは、そんな『仏教初心者』のみなさんでも分かるように “ざっくり” と解説していきたいと思います。(゚д゚)!ウエカラ…

[仏教のなりたち]

・まず「仏教」は、インドの小さな国の王子さま『ゴーダマ・シッダルタ』という方が開いた宗教です。

・『仏陀ブッダ』や『釈迦しゃか(お釈迦しゃか様)』なんて呼ばれていますよね。
→『仏陀ブッダ』は「さとりを開いた」という意味で、『釈迦しゃか』は「出身部族の名称」と言われています。

仏陀ブッダの教え自体は「四諦したい八正道はっしょうどう十二因縁じゅうにいんねん」と呼ばれ、ごくごく単純なものでした →これを『初期仏教』と呼んでいます。

・この『初期仏教』をもとにして、環境や文化に合せて「宗派」が枝分かれしていったんです。

凛のトリビアPOINT!

[天上天下唯我独尊てんじょうてんがゆいがどくそん]

釈迦しゃかは生まれてすぐ、「7歩」 歩いて右手で「天」を、左手で「地」を指して『天上てんじょう天下てんが唯我ゆいが独尊どくそん』と言ったという逸話があります。 まぁ「聖徳しょうとく太子たいしが12人の話を同時に聞き分けた」という逸話と同様、リスペクトからくる伝説がついたんだと思うのですが。

産まれてすぐ歩いたり、喋ったりするのも凄いのですが、発した言葉が『天上てんじょう天下てんが唯我ゆいが独尊どくそん』って・・・。

ところで、この『天上てんじょう天下てんが唯我ゆいが独尊どくそん』は単純に考えると「この世で尊いのは、唯一私だけだよ!」っていう何とも傲慢ごうまんな言葉だなぁって思いますよね。でも、そうじゃないんです。

「この世に生まれた者は、それぞれが果たすべき使命を持っていて、みんな尊いんだよ!」という意味なんです。

まさに「ナンバーワンにならなくてもいい、もっともっと特別なオンリーワン」「どれもみんな綺麗だね」なんです!

釈迦しゃかが生まれた当時、インドでは大変厳しい身分制度があったって言われています。いわゆる『カースト制度』です。そんな中、釈迦しゃか自身は王家の王子として生まれています。生まれながらにしてトップオブトップで、何もしなくても裕福な暮らしが出来ていたはずですが、それをすべて捨てて出家します。

釈迦しゃかは「三大さんだい聖人せいじん」とまで言われる方です。昭和の不良(勝手なイメージ)じゃないんですから、そんな傲慢ごうまんなことを言うはずありません。

今では「直訳」の意味が辞書に載ってしまうほど誤認されていますが、実はもっと深い意味があったんですね。

『INDEX』へ

[日本の仏教][13宗]

・日本には6世紀頃(29代:欽明天皇きんめいてんのうの時代~)から、本格的に入ってきました。
朝鮮(百済くだら)の国王から仏像が献上されたりして外交手段(国家レベル)での「公伝こうでん」でした。
その後、「神道しんとう」との対立や「神仏習合しんぶつしゅうごう」を経て、様々な宗派に枝分かれをしいていきます。
・日本の仏教宗派を「ひとこと」で表すと、伝統ある『13宗』が、一般的に挙げられます。

・この『13宗』は、成立した時代ごとに「奈良仏教」「平安仏教」「鎌倉仏教」の3つに分類することができます。さらに「鎌倉仏教」には3つの体系があり、合計で5つのカテゴリに分けることができます。
一覧にすると(↓)のようになります。

①奈良仏教 (南都なんと系)→ 華厳宗けごんしゅう法相宗ほっそうしゅう律宗りつしゅう
②平安仏教 (密教みっきょう系)→ 真言宗しんごんしゅう天台宗てんだいしゅう
③鎌倉仏教 (法華宗ほっけしゅう)→ 日蓮宗にちれんしゅう
④鎌倉仏教 (浄土じょうど系)→ 浄土宗じょうどしゅう浄土真宗じょうどしんしゅう融通念仏宗ゆうずうねんぶつしゅう時宗じしゅう
⑤鎌倉仏教 (禅宗ぜんしゅう)→ 曹洞宗そうとうしゅう臨済宗りんざいしゅう黄檗宗おうばくしゅう(※1)

※1 黄檗宗おうばくしゅうのみ江戸時代初期に臨済宗りんざいしゅうから枝分かれしました。
『INDEX』へ

《奈良仏教》

「仏教」の公伝から「神道しんとう」との対立を経て、国策として「仏教」を広めようとした時期です。『鎮守国家ちんじゅこっか』の政策です。推古天皇すいこてんのう摂政せっしょう聖徳太子しょうとくたいし)や持統天皇じとうてんのうなどがいしずえを築き、『45代:聖武天皇しょうむてんのう』の頃に最高潮に達します。

華厳宗けごんしゅう… 『審祥しんしょう』…『東大寺とうだいじ(45聖武天皇しょうむてんのう)』『盧舎那仏るしゃなぶつ(奈良の大仏)』

法相宗ほっそうしゅう…『道昭どうしょう』…『興福寺こうふくじ(藤原不比等ふじわらふひと)』『薬師寺やくしじ(40天武てんむ天皇てんのう)』 JRの薬師寺ポスター

律宗りつしゅう … 『鑑真がんじん』…『唐招提寺とうしょうだいじ(鑑真がんじん)』

→「律宗りつしゅう」はその名のとおり、やや乱れてきた仏教の規律きりついましめるために、45代聖武しょうむ天皇てんのうが、わざわざとう(中国)から「鑑真がんじん」というお坊さんを招いたんですよ。だからお寺も『とうから招く=唐招提寺とうしょうだいじ』と言うんです。

この頃、有名な『十七条憲法じゅうななじょうのけんぽう』で「三方さんぽう(仏・法・そうし)を厚くうやまうこと」と国のルールで決められていたんですね。

凛のトリビアPOINT!

・『40代:天武天皇てんむてんのう』は、娘で、後の『41代:持統天皇じとうてんのう』のために『薬師寺やくしじ』を建立しました。

・『聖徳太子しょうとくたいし』は「物部守屋もののべもりや」との戦で四天王に勝利を祈願きがんし、勝利した後『四天王寺してんのうじ』を建立しました。また父『31代:用明天皇ようめいてんのう』のために「推古天皇すいこてんのう」のもと『法隆寺ほうりゅうじ』を建立しています。

・『45代:聖武天皇しょうむてんのう』は「鎮護国家ちんごこっか」を推し進めるために、全国に『国分寺』および『国分尼寺こくぶにじ』の建立を命じました。これは官寺かんじ(国家の運営する寺)で、全国69か所(当時の行政区画である ”国” や地域)にも及びました。

律令りつりょう体制の崩壊後は、『国分寺』への経済支援が打ち切られましたが、多くの国分寺が、当初とは目的や宗派を変えて存続していくことになります。
→ このため、現在の国分寺は宗派がそれぞれ異なります。

『INDEX』へ

 

平安仏教》

奈良仏教の盛隆によって、力をつけてきた寺院は、次第に政治にも口を挟むようになってきます。その影響力を弱める狙いもあり、『50代:桓武天皇かんむてんのう』に時代に都を「平城京へいじょうきょう」から『平安京へいあんきょう』へ移します。

さらに「とう」(中国)で勢いの出てきた『密教みっきょう』という仏教宗派を使って「旧体制(奈良仏教)」を封じようと考えました。
そこで『密教みっきょう』を学ばせるため『空海くうかい(弘法こうぼう大師だいし)』と『最澄さいちょう』を『遣唐使けんとうし』としてとうに留学させます。
2人の僧は帰国後、それぞれ比叡山ひえいざん高野山こうやさんに新宗派を開いて『密教みっきょう』を広めていった。

平安時代も中~末期になると、政治や経済が荒んでしまい、人々は『阿弥陀仏あみだぶつ』にすがり、ただただ「極楽浄土ごくらくじょうど(天国)」へ行くことだけを「心のどころ」にした『浄土じょうど思想』に駆られていった。

真言宗しんごんしゅう…『空海くうかい(弘法大師こうぼうだいし)』…『高野山こうやさん金剛峰寺こんごうぶじ(空海くうかい)』『東寺とうじ(50桓武天皇かんむてんのう)』『醍醐寺だいごじ(聖宝)』

天台宗てんだいしゅう…『最澄さいちょう(伝教大師でんきょうたいし)』…『比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ(最澄さいちょう)』

凛のトリビアPOINT!

・『密教みっきょう』を特徴を「ひとこと」で言うと・・・

「この世のすべてのものには因果関係いんがかんけいがあって、一見無関係に見えても、全部「因果いんが」で繋がっています。その因果関係いんがかんけいを図で表すと『曼荼羅まんだら』という宇宙の真理を表す絵になるんですが、すべての因果いんがを取りまとめているのが『大日如来だいにちにょらい』という仏様なんですね。

密教みっきょうとは、この『大日如来だいにちにょらい』の『身・口・意=(3密)』を感じることであり、『加持祈祷かじきとう』や「山林での厳しい修行」を行うことで、より強く『大日如来だいにちにょらい』を感じることができる=「さとりを得る」という教えです。
とても「ひとこと」では解説できなかった・・・。

・つまり、従来の仏教には「修行や加持祈祷かじきとう」という概念はなかったということです。

・「釈迦しゃかは ”生きている内” にさとりを得て『仏教』を開いたんだ、みんなも頑張って修行すれば、絶対に生きている内にさとりを得ることができるよ!」これを『即身成仏そくしんじょうぶつ』といいます。密教みっきょうの本質ですね。

・平安末期の社会不安は天皇、貴族を巻き込んで、釈迦しゃかの「入滅にゅうめつ」から2000年後に世界が滅ぶという『末法思想まっぽうしそう』が強まりました。これは「ノストラダムスの大予言」とか「マヤ歴2016」などと同じ「都市伝説」が引き金となって、一種の “集団パニック” におちいった結果でした。本当は単に政治が機能せず、律令りつりょう国家が崩壊、全国各地で無法自治が行なわれたためだったんですけどね。

・『末法思想まっぽうしそう』から、『極楽往生ごくらくじょうど=天国に行きたい!』『そのためには阿弥陀仏あみだぶつに、すがらなければ!』というネガティブで他力本願たりきほんがんな考え方である『浄土じょうど思想』が生まれました。

・『平等院びょうどういん(鳳凰堂ほうおうどう)』(京都府宇治市)は有力な貴族の「藤原氏」が「極楽に行きたい!」と願って、極楽をイメージした建物を私有地に建てたのが始まりです。江戸時代に「寺社奉行じしゃぶぎょう」から天台宗てんだいしゅう浄土宗じょうどしゅうの寺院(たまたま敷地が隣だったので)管理を共同で行うべし!と命じられたんですって。現在は、特定の宗派には属していないんですよ。

『INDEX』へ

《鎌倉仏教》

鎌倉時代の『仏教』には、大きく2つの特徴があります。簡単に言えば、庶民のための宗教と武士のための宗教が現れたということです。

・平安時代の末期から続いた「社会不安」に伴って、今まで、「天皇」や「貴族」のものだった『仏教』が、しだいに『庶民』を対象とする宗教へと様変わりしていくのが鎌倉時代の1つ目の特徴です。つまり『鎮護国家ちんごこっか』としての宗教から『大衆たいしゅう宗教しゅうきょう』へと役割が変化していきます。

・2つ目の特徴として、「鎌倉時代」では権力が「貴族」から「武士」へと変わり、武士が「幕府」を起して政治を行う時代になりました。
すると、『禅宗ぜんしゅう』という宗派が武士に受け入れられ、以後『武士道』のもとにもなっていくようになります。「ぜん」とは『座禅ざぜん』からとったと考えてください。「座禅ざぜん」や「問答もんどう」を通して自分の『仏性ぶっしょう:仏の心』を内覧しようというのが『禅宗ぜんしゅう』の基本となっています。
『INDEX』へ

《鎌倉仏教:法華宗ほっけしゅう

日蓮宗にちれんしゅう…『日蓮にちれん(立正大師)』…『身延山久遠時くおんじ』(山梨県)

特徴:『南無妙法連華経なむみょうほうれんげきょう』と唱えることで救われるという教義きょうぎが特徴です。
→来世ではなく、現世で救われることを目的にしています。

凛のトリビアPOINT!
・開祖の『日蓮にちれん』はとにかく排他的で、『法華経ほけきょう』こそが唯一の宗教であり、他の宗教では国がダメになってしまうと声高に説いていました。そして庶民に支持された『浄土じょうど系』も、武士に支持された『禅宗ぜんしゅう系』も否定しつづけます。あまりの過激思想っぷりに、他の宗派から何度も襲われたり、幕府から島流しを命じられたり、処刑されそうになったりします。

・『日蓮にちれん』は排他的と言っても、単に『井の中のかわず』状態ではなくて、本当にたくさんの有名寺院(比叡山ひえいざん高野山こうやさん薬師寺やくしじ仁和時にんなじ天王寺てんのうじ東寺とうじなどなど)に勉強(修行)しに行っているんですよね。勤勉で努力家だったと思います。

・幕府にそむいたとして、『片瀬海岸かたせかいがん』(神奈川県藤沢市:龍口寺りゅうこうじ)で「斬首刑ざんしゅけい」にされそうになったとき、「介錯人かいしゃくにんの刀がバラバラに折れた」とか「振り上げた刀に雷が落ちた」など、諸説ありますが、不可解な現象が起きて、刑が中止になったという伝承があります。日蓮にちれんには、もの凄い『法力ほうりき』(霊力)があったんじゃないでしょうか!?

日蓮龍口寺受難の図

『INDEX』へ

《鎌倉仏教:浄土じょうど系》

庶民に広く受け入れられたのが、内容がやさしい教義きょうぎであった「浄土宗じょうどしゅう」「浄土じょうど真宗しんしゅう」などの教えでした。

・最大の特徴は『阿弥陀如来あみだにょらい』に救いを求めることで「極楽浄土ごくらくじょうど(天国)」へ行けると考えた点です。

・『阿弥陀如来あみだにょらい』は遥か西方の極楽浄土ごくらくじょうどにいて、そこから人々を救っていると考えられています。

浄土宗じょうどしゅう…『法然上人ほうねんしょうにん』…『知恩院ちおんいん』『光明寺こうみょうじ禅林寺ぜんりんじ誓願寺せいがんじ』(いずれも京都)

浄土真宗じょうどしんしゅう…『親鸞しんらん』…『本願寺ほんがんじ(西本願寺にしほんがんじ東本願寺ひがしほんがんじ)』(いずれも京都)

特徴:『南無阿弥陀仏なむあみだぶつ』と唱えると救われるとされています。

凛のトリビアPOINT!

・完全に他力本願たりきほんがんであることを、自ら承知したうえでの宗派です。→「つまり阿弥陀あみだ如来にょらいに、ひたすらすがる」→「だから “阿弥陀仏あみだぶつ” と声に出そうよ!」といった感じです。

・『法然上人ほうねんしょうにん』が広めた「教え」が “またた” に広がったため、当時の政権が恐れをなして弾圧だんあつします。
この教えが、弟子たちに引き継がれて『浄土宗じょうどしゅう』ができました。浄土宗じょうどしゅうでは出家しゅっけ戒律かいりつという修行文化が残っていました。また、他力本願たりきほんがんではあるけど、努力して『南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ』って唱えているんだから、「一部に “自力” も含まれているよね」という何だか分からない概念です。これを『他力たりき』と言います。

・『法然上人ほうねんしょうにん』の数ある弟子の中に『浄土真宗じょうどしんしゅう』の開祖『親鸞しんらん』がいました。
親鸞しんらん』は「師匠」の教えをさらに緩和させ、今までのような「出家しゅっけ」や、「修行」を行なわなくても、家に居ながら「念仏を唱えるだけ」で救われるという教えを広めました。奥さんがいても、『南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ』が唱えられるならOKじゃん?ってことです。

・さらに、無理に声に出さなくっても「信じていれば、そのうち自分から『南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ』って言っちゃうぜ!」という考えでした。
この考えを法然ほうねんの『他力たりき』に対して、『絶対他力ぜったいたりき』と言います。何だか、本当によく分かりません。
他力本願たりきほんがん」なのを、そんなに胸を張って言われても・・・。
「ニート」と「絶対ニート」みたいなこと?「ヒモ男」と「絶対ヒモ男」的な? ・・・う~ん。
いずれにしても、厳しい修行を伴わない浄土じょうど系のような『易行いぎょう』という教えがもてはやされました。

日蓮宗にちれんしゅうの『南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう』や浄土じょうど系の『南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ』という念仏で、共通している『南無なむ』って何?と思いませんか。実はこれ『信じますよ!』『帰依きえしますよ!』という意味なんです。
つまり『南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう』は「私は “妙法蓮華経みょうほうれんげきょう” を信じていますよ」で、『南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ』は「私は阿弥陀如来あみだにょらい帰依きえしていますよ」という意味なんですね。

融通念仏宗ゆうずうねんぶつしゅう(大念仏宗だいねんぶつしゅう)』…『良忍りょうにん(聖応大師しょうおうだいし)』…『大念仏寺だいねんぶつじ』(大阪市平野区)
特徴:踊りながら念仏を唱えれば極楽浄土ごくらくじょうどへ行くことができるという教え。「自分が唱えた念仏を他人に融通ゆうずうできる」→「万人が救われる」と考えていました。

時宗じしゅう…『一遍いっぺん(円照大師えんしょうたいし)』…『清浄光寺しょうじょうこうじ:通称(遊行寺ゆぎょうじ)』
特徴:阿弥陀如来あみだにょらいを信じなくても、念仏さえ唱えておけば救われる。そのくらい仏の心は広いのだよ。
全国行脚ぜんこくあんぎゃをして、行く先々で「南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ」を唱えながら、かねをならして踊る姿に人々は引きつけられ、やがて観衆も加わり狂喜乱舞きょうきらんぶしたそうです。
『INDEX』へ

《鎌倉仏教:禅宗ぜんしゅう系》

禅宗ぜんしゅう』はインドで『ボーディダルマ』というお坊さんが開いた宗派です。このお坊さんは日本では『達磨大師だるまだいし』つまり『ダルマさん』としてよく知られていますよね。この「禅宗ぜんしゅう」は「鎌倉時代」に日本に入ってきます。前述したように、武士の間に広く浸透していった宗教です。

曹洞宗そうとうしゅう…『道元どうげん』…『永平寺えいへいじ』(福井)『總持寺そうじじ』(横浜)

臨済宗りんざいしゅう…『栄西えいさい』…『建仁寺けんにんじ』(京都)『円覚寺えんかくじ』(鎌倉)『妙心寺みょうしんじ』(京都)『東福寺とうふくじ』(京都)

特徴:『座禅ざぜん』によって「自然の摂理せつり」と「自分の存在」を見つめる=「さとり」という考え。
両宗の違いを超簡単に説明すると、曹洞宗そうとうしゅうは『無の境地に至るため』、臨済宗りんざいしゅうは『熟考じゅくこうするため』に座禅ざぜんを行うんですね。で自分や自然の摂理せつりを見つめるんです。臨済宗りんざいしゅうは何をそんなに考えるのでしょう?
それは「お師匠」から出される『問い』です。それを考えて『答える』つまり『問答もんどう』です。
「自分とは何か? 生きるとは何か? では死とは何か?」といった具合ですね。

凛のトリビアPOINT!

・「ダルマさん」は馴染み深いですよね。「あの赤くて、真ん丸で、ひげが生えてて…」ってイメージだと思います。このイメージは『達磨大師だるまだいし』からきているんです
エッΣ(・ω・ノ)ノ!マンマ!?

あの赤いのは『修行衣(袈裟けさ)』なんですね。私はオレンジだろって思っちゃいますけど笑
丸い形は座禅ざぜんを組んでいたんです。何だか見る目が変わりましたよね。

黄檗宗おうばくしゅう…『隠元いんげん』…『萬福寺まんぷくじ』(京都)

黄檗宗おうばくしゅう』は「13宗」に挙げられていますが、唯一「江戸時代」に「臨済宗りんざいしゅう」の「黄檗派おうばくは」が独立して宗派となりました。『隠元いんげん』という中国から招いたお坊さんが興した宗派です。

いかがだったでしょうか? 「13宗」と呼ばれる伝統的な「仏教宗派」についてダイジェストで見てきました。同じ「仏教」でも、長い歴史の中で、様々な形態に変化していったことが分かったかと思います。ヘタすりゃ、別の宗教じゃん!?ってくらい違っていますよね。
『INDEX』へ

 

[お経と念仏]

神道しんとう』なら「祝詞のりと」、「キリスト教」なら「聖書」、「イスラム教」なら「コーラン」と、それぞれ神に捧げる言葉や、宗教の教えを表す「経典きょうてん」がありますよね。『仏教』では『念仏ねんぶつ』と『おきょう』がそれにあたります。

まず「念仏ねんぶつ」と「お経」の違いについて簡単に説明します。「あれ、念仏ねんぶつも、お経も同じじゃないの?」と思った方も多いと思います。でも・・・違うんですよ笑

日蓮宗にちれんしゅうは『南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう』であったり、浄土系じょうどけい宗派は『南無なむ阿弥陀仏あみだぶつ』であったりといった『念仏ねんぶつ』を唱えましたよね。これは文字通り、仏に念じているんです。
他にも、真言宗しんごんしゅうは『南無なむ大師だいし遍照金剛へんじょうこんごう』といって空海くうかいを信じると念じます。

一方で『お経=経典きょうてん』は『釈迦しゃかの教え(説法せっぽう)』を、まとめたものなんです。まさに仏教の心臓部分ですよね。これを唱えることで、人々を導いているんですよね。

経典きょうてんの数は、正直分からない位あります。メチャメチャ多いんです。俗説で「8万余り」と言いますが、これは物凄く多いといった意味(八百万神やおよろずのかみと同じ意味)ですね。

かの有名な「西遊記さいゆうき」という物語がありますよね。これは「三蔵法師さんぞうほうし」という中国のお坊さんが『天竺てんじく(インド)』に経典をもらいに行くというストーリーでした。もちろん、もらうと言っても、「ハイ、どーぞ!」とくれるわけではなく、修行して得るということです。この「三蔵法師さんぞうほうし」は本名を『玄奘げんじょう(三蔵さんぞう)』と言い、実在の人物とされています。650巻あまりの経典を持ち帰ったと言われていますし、これを漢文に翻訳したものが日本にも伝わった『般若心経はんにゃしんぎょう』です。
この他『法華経ほっけきょう』『浄土三部経じょうどさんぶきょう』『華厳経けごんきょう』などが有名どころでしょうか?

みなさんが一般的にイメージするのはやはり『般若心経はんにゃしんぎょう』だと思います。まぁ、それもそのはず「浄土真宗じょうどしんしゅう」「日蓮宗にちれんしゅう」以外のほとんどの宗派で唱えられているんですから、一度くらいは聞いたことがあると思います。日本で一番有名なお経ですね。
般若心経はんにゃしんぎょう』は正式には『般若波羅蜜多心経はんにゃはらみだしんぎょう』と言われるものです。般若はんにゃっていうと怖い鬼のような「お面」を思い浮かべるかもしれませんが、本来は『智慧ちえ(知恵)』という意味を持っています。
日本に伝わったものは、「玄奘げんじょう三蔵さんぞう」がまとめた壮大な『大般若経だいはんにゃきょう』の中から抜粋した270文字程度のものが一般的な『般若心経はんにゃしんぎょう』として認識されています。

では、最後に『般若心経はんにゃしんぎょう』を記したいと思います。般若はんにゃ心経しんぎょうの内容は、弟子の「シャーリープトラ」に対して、自分(釈迦しゃか)が何をさとったのかを伝えようとしている経典です。
※『読経』の独特のリズムで読めるように、本来の「熟語」は崩して書いています。

『INDEX』へ

仏説ぶーせつ 摩訶まーかー 般若はんにゃー 波羅蜜多はーらーみーたー 心經しーんぎょー

觀自がんじー 在菩ざいぼー さー行深ぎょうじん 般若はんにゃー 波羅はーらー 蜜多みーたー じー
照見しょうけん 五蘊ごーうん 皆空かいくーどー 一切いっさい 苦厄くーやく/舍利子しゃーりーしーしき
不異ふーいー 空空くーくー 不異ふーいー 色色しきしき 即是そくぜー 空空くーくー 即是色そくぜーしき
受想じゅーそー 行識ぎょうしき/亦復やくぶー 如是にょーぜー 舎利子しゃーりーしー ぜー
諸法しょーほー 空相くーそー/不生ふーしょう 不滅ふーめつ
不垢ふーくー 不淨ふーじょー/不增ふーぞー 不減ふーげん
是故ぜーこー 空中くうちゅう 無色むーしき 無受むーじゅー 想行識そーぎょーしき むー
げん 耳鼻にーびー 舌身意ぜっしんい/無色むーしき 声香しょーこー 味触法みーそくほう むー
眼界げんかい/乃至ないしー 無意むーいー 識界しきかい/ 無無明むーむーみょう やく
無無むーむー 明尽みょーじん/乃至ないしー 無老むーろー 死亦しーやく 無老むーろー 死尽しーじん
無苦むーく 集滅じゅーめつ 道無どーむー 智亦ちーやく 無得むーとく/以無いーむー 所得しょーとく
故菩こうぼー  提薩埵だいさったーえー  般若はんにゃー波羅はーらー 蜜多みーたー こー しん
むー 罣礙けーげー 無罣むーけー げー
こー無 有恐むーうーくー うー 遠離おんりー 一切いっさい 顚倒てんどー 夢想むーそー
究竟くーぎょー 涅槃ねーはん三世さんぜー 諸佛しょーぶつ/えー 般若はんにゃー波羅はーらー 蜜多みーたー
故得こーとく 阿耨あーのく 多羅たーらー 三藐さんみゃく 三菩提さんぼーだい
故知こーちー 般若はんにゃー波羅はーらー 蜜多みーたー
是大ぜーだい 神呪じんしゅー/是大ぜーだい 明呪みょーしゅー/是無 ぜーむー上呪じょうしゅー
是無ぜーむー 等等呪とーどーしゅー/能除のーじょー 一切いっさい/くー 真実しんじつ 不虚ふーこー
故説こーせつ 般若はんにゃー 波羅はーらー 蜜多みーたー しゅー即  説そくせつ呪曰しゅーわつ
揭諦ぎゃーてー 揭諦ぎゃーてー   波羅はーらー 揭諦ぎゃーてー 波羅僧はらそー 揭諦ぎゃーてい
菩提ぼーじー 薩婆訶そわかー/般若はんにゃー 心經しんぎょー

他の記事へ・・・

神様?仏様?日本の宗教って何だろう? を読む

知れば楽しい「神社」と「お寺」トリビアを読む

教えて♡ 神様、仏様!トリビア♪へ戻る

スポンサーリンク
ジパング[レンタングル大336*280]

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする