神様?仏様?日本の宗教って何だろう?

宗教って何だろう?

「お・も・て・な・し! おもてなし♪(合掌がっしょう)」(・・・古い?)

私たち、日本人の道徳観、価値観って、世界的に見たら結構  “少数派マイノリティー” なんですよね。当事者の私たちは気付きにくいかもしれませんけど・・・。

こんにちは、凛です。

「おもてなしの心」とか「和」「協調」「奥ゆかしさ」「勤勉」「慈愛」「風流」「粋」「自然や四季を愛する心」etc・・・ いいですよね。素敵だと思います。

この “日本人独特の感性” は、昔から、日常の中に溶け込んでいる「宗教」的思考が “育んできた” と言っても良いかもしれません。

では、日本人にとっての「宗教」とは何なんでしょう?
はい!ここ・・が “日本人独特の” と言われるポイントなんです。

世界には様々な宗教がありますよね。中には戒律かいりつで「牛や豚を食べない」、「女性は顔や肌を他人に見せない」、「1日5回メッカに向かってお祈りをする」などなど、宗教を生活の “ど真ん中” に置いて暮らしている民族も少なくありませんよね。

日本人は? あなた自身はどうでしょう?

「クリスマス」を友人と楽しみ、結婚は「神前式」、あっ♡ウエディングドレスも着たいからチャペルにしようか超迷うっ!年末にはコタツで「除夜じょやかね」を聞き、お正月には近所の神社に「初詣はつもうで」に行って、お葬式は浄土真宗で・・・節分、イースター、七夕、七五三、ハロウィンパーティー。「星座占い」も「おみくじ」も大好き!「北枕きたまくら」や「鬼門きもん」とかも気にするし、「風水ふうすい」にも少し興味がある。で、困った時は “神さま、お願いっ!” って、「まさに宗教のちゃんぽんや~♪」

そうなんです。これが、日本人の一般的な宗教感覚じゃありませんか?
(※もちろん特定の宗教に帰依している方も大勢います)

でも、これ今に始まったことじゃないんですよ。
大昔から日本人は “様々な宗教” を “受け入れ” 自分たちの風土に合わせて、「独自」のものに変化させてきました。(今回のテーマはズバリ!ここ・・です。)

以前、私は『日本神話』についての記事を書かせていただきました。
これは「古事記こじき」や「日本書記にほんしょき」と言った ”歴史書” をベースとした、日本古来の神様たちの「物語」でした。

今回は、インドで生まれて、中国を通して日本に入ってきた『仏教』が、日本人に受け入れられ、日本古来の神様『神道しんとう』と、深く結びついていった『神仏習合』についてお話ししたいと思います。
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日本における『宗教』の歴史

ちょっと硬い話になるんですが、現代の日本における宗教は憲法でこう規程されています。

日本国憲法にほんこくけんぽう」第20条1項

信教しんきょう自由じゆうは、何人なんぴとたいしてもこれを保障ほしょうする。

いかなる宗教しゅうきょう団体だんたいも、くにから特権とっけんを受け、また政治上せいじじょう権力けんりょく行使こうししてはならない。」

つまり、「信じるも、信じないも、あなた次第です!」と憲法が認めてくれているんです。どの宗教でも、どの宗派でも、宗教を掛け持ちしても、無宗教でも構わないんです。そして、宗教を政治の道具に使ってもいけないし、押し付けてもいけないんです。

「そんなの当たり前じゃん!」って思うかもしれません。でも、世界にはまだまだ宗教の自由が許されない国や地域がたくさんあるんです。そして、かつての日本も、宗教は権力者によって与えられていた時代がありました。(日本の歴史において、宗教の自由が認められたのはつい最近で、実は「国政宗教こくせいしゅうきょう」だった時代の方が、はるかに長いんですよ)

これには「良い面」も「悪い面」も両方ありました。
例えば!

豊臣秀吉とよとみひでよし』のキリシタン弾圧だんあつ伴天連ばてれん追放令ついほうれい)などは、とかく『秀吉ひでよし』による残虐ざんぎゃくな宗教弾圧だんあつ行為ととらえられがちですが、私はまったく逆だったと考えています。

スペイン、ポルトガルといった西洋の先進国は、異文化圏いぶんかけん侵略しんりゃく足掛あしがかりとして、最初に『せん教師きょうし』を派遣して『宗教(キリスト教)』を広めて行きました。ひとしきり「教義きょうぎ」に染まったころ、本国の軍隊が武力にものを言わせて、いっきに制圧します。征服後の統治も、キリスト教がベースになりますから、先進国の “思うつぼ” だった訳です。

秀吉ひでよし』は、このことを知っていました。『宣教師せんきょうし』が本国の「国王」に「侵略の時期」を報告していることも、「ほんの少しの火薬」と引き換えに、奴隷どれいとして大勢の「日本人」を異国に連行していたことも。
事実、『秀吉ひでよし』は、こういった国に対して、「国外に連れ出した日本人を至急、返還せよ!」と言い争っています。

国外に奴隷どれいとして連れ出された年頃の「乙女」、九州地方だけで ”50万人” とも言われています。労働力として連行された男性に至っては、それ以上だったでしょう。
船の中は、泣き叫ぶ「乙女」たちの声で、まるで地獄絵図じごくえずのようだったそうです。

秀吉ひでよし』のこの英断えいだんがなければ、日本はとっくの昔に、欧米諸国に植民地しょくみんちにされ、ズタズタにされていたと思います。もちろん今のような、豊かな国にはなれていなかったかも知れません。それほど、政治、国家と宗教は大昔から深い関係にあったんですね。

さて、話を戻しましょう。

[自然崇拝しぜんすうはいのなりたち]
もともと日本には『自然信仰しぜんしんこう』という “モヤ~っ” とした信仰がありました。この世に存在する、ありとあらゆる「物」や「事」には “神が宿っている” という考えです。
まだ科学も発達していない時代に、気象や天候、病気、死、夜の闇など、人間の力の及ばないものに “神を感じ” あがめていたんですね。

[神道しんとうの誕生]
時代は流れ、人々のコミュニティ(集落)が形成されると、その中に “人より力をもった者” が現れます。集落の中でも強い村と、弱い村ができます。やがて集落同士で主従関係が生まれるようになり、それは小さな「国」となり、人民を支配する権力者が現れます。
権力者は、「権力の象徴」や「正統性」を示すために、自分たちは「神の子孫」だと主張しました。こうして、「権力者」と「自然信仰の神」が結び付いて『神道しんとう』が誕生します。

[仏教公伝ぶっきょうこうでん]
その頃、インドで生まれた『仏教』という宗教が、中国を通じて日本にも入ってくるようになります。
神道しんとう』によって自分たちの「正統性」や「権力の根拠」を示してきた権力者と、新しい価値観をもった『仏教』は当初、激しく対立しました。

[神仏習合しんぶつしゅうごう]
争いが一段落すると、伝統ある『神道しんとう』と、人々の関心を集めた『仏教』は互いに融合していくことになります。神道しんとうにせよ、仏教にせよ、『信仰』は『目的』ではなく、「国の統治」であったり、人々の「心のどころ」であったりという、目的を果たすための『手段』だったんですね。
なので「うまく行くんなら、2つとも信仰しちゃえばいいじゃん!」という結論に至ります。ここが “日本的” なんですね。→ 冒頭に紹介した「宗教のちゃんぽん」状態です。

[神仏習合しんぶつしゅうごう終焉しゅうえん]
こうして6世紀頃から急速に日本で広まっていった『仏教』と『神道しんとう』の融和ゆうわ政策せいさくは1000年以上も続いていました。しかし、こんな融和ゆうわ政策せいさくも「ある日突然」終わりを迎えます。

そのキッカケが「明治維新めいじいしん」です。明治新政府めいじしんせふは『天皇』を再び、『神』として扱い、政治利用していくことになります。「天皇の言葉は、神の言葉だよ!」と国民に仕向しむけます。「あらひとがみ」ですね、神が人間の姿になって現れた、これが天皇ってわけです。

そのため「日本神話」=「神道しんとう」=「天皇の正統性を示すもの」となり、『神道しんとう』を「国の宗教」にする政策、『神道国教化しんとう-こっきょうか 政策』が打ち出され、それまで「ちゃんぽん状態」だった『しんとう』と『仏教』をキチンと、明確に分けましょうという『神仏分離しんぶつぶんり』が進んでいくことになります。

ただし、神道国教化もなかなかうまく行かず、「大日本帝国憲法」においては、制限付きで信教の自由を保障すると謳われました。その後「第二次大戦」の頃に、民意統制のため再び『神道』に傾倒していったという歴史があります。
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神道しんとう』と『仏教ぶっきょう』の違い

では、そもそも『神道しんとう』と『仏教』は何が違うのでしょう。

神道しんとう』は「日本神話」でも紹介しましたが・・・

①この世を作ったのは神様。
②この世のすべての「物」や「事」に神様が宿っている。
③神様をあがめれば「平穏で五穀豊穣ごこくほうじょう」、あがめないと「たたるぞ」。
④その神様は自分たち先祖。
⑤だから、私たちは偉いので「みんな従ってね。」
というロジックで成り立っていましたよね。

一方で『仏教』は・・・

諸行無常しょぎょむじょう・・・この世にあるすべてのものは、絶えず「変化」しているんだよ

一切皆苦いっさいかいく・・・世の中は自分の思い通りにならない、避けられないものがあるんだよ。

縁起えんぎ・・・すべてのものは、周囲との「ごえん」によって成り立っていて、決して単独で存在するものではないのだよ。

因果応報いんがおうほう・・・「い行い」をすれば「良い結果」が返ってくるし、「悪いこと」をすれば「ばち」が当たるんだよ。

輪廻転生りんねてんせい』『極楽浄土ごくらくじょうど・・・「生まれ変わり」や、「天国」といった考え。
といった、万人が受け入れやすい教えでした。

神道しんとう』は「一部の権力者」や、「特定のコミュニティ」の “安泰あんたい安寧あんねい” をいのる性質があり、強い威厳いげんを一方的に押し付けるイメージで、閉鎖へいさ的かつ排他はいた的でしたよね。一方で『仏教』は因果応報いんがおうほうにもみられるように、多くの人々にとって、非常に納得がいく教義きょうぎでした。

だからこそ、一部の権力者のための『神道しんとう』に代わって、急速に広がっていったんですね。

また「神道しんとう」では『死』や『血』はけがれそのものであり、ただただ遠ざけるべき対象でした。ですから遺体は、遠い山などへ棄てに行っていたんです(本当)
逆に「仏教」は輪廻転生りんねてんせい極楽ごくらく浄土じょうどなど “死後の世界観” も教えの1つでしたから、『死』をけがれとは捉えず、“弔うとむら” という習慣が生まれました。

ちなみに「きらう」や「いままわしい」の『む』は『神道しんとう』の「けがれ」からできた言葉です。
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『神社』と『お寺』の違い

超簡単に説明すると、『神社』は『神道』の宗教施設で、『お寺』は『仏教』の宗教施設ということになります。

『神社』には神域しんいきとの境を示す『鳥居とりい』があります。日本神話で描かれている「けがれ」をはらう、「みそぎ」という風習から『手水舎ちょうずや』などが置いてあったり、しめ縄があるのも「神社」の特徴です。

一方で『お寺』は、多くの場合「お墓」があるのが特徴といえます。
神道しんとう』では死を「けがれ」として、ただただ遠ざけるべき対象であるのに対して、『仏教』は、死後の世界観をも「教義きょうぎ」に取り入れて、「お墓を立てとむらう」という風習が生まれたと言われています。

※法隆寺などお墓のない寺院もあります。

『仏像・仏画』を安置して『仏教』の教えを説く『僧侶そうりょ(お坊さん)』の住む施設が『お寺』

神道しんとう』にのっとり、日本古来の「神様」をお祀りし、神様に対し「祭祀さいし」をおこなう施設が『神社』です。
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神仏習合しんぶつしゅうごう

先述したように、権力者にとって「宗教」は目的ではなく手段でした。

急速に広がっていく『仏教』を使って、国を治めて行こうと考えるようになったのも当然のことですよね。そこで、有名な聖徳太子しょうとくたいしの時代(推古朝すいこちょう)に「仏教」を国策として広めて(利用して)いこうという動きが活発になりました『鎮護国家ちんじゅこっかの政策』。

ですので、この時代の『仏教』は ”庶民のため” というよりは、”朝廷(権力者)のため” のものという意味合いが非常に強いです。
その後「神道しんとうの神」と「仏教の仏」は “同じもの” として融合していくことになります。

例えば・・・

[神宮寺じんぐうじ]・・・「神道しんとうの神社」と「仏教のお寺」がくっついたもの。平安時代に多く建立されました。

[神前読経しんぜんどきょう]・・・神様の前で「おきょう」をとなえること。通常、神様の言葉は「祝詞のりと

[本地垂迹ほんじすいじゃく]・・・日本古来の神『八百万神やおよろずのかみ』は仏教の様々な『仏』の化身けしんごんげんっていいます)であるとする考え。

[護法善神ごほうぜんじん]・・・日本古来の神は、仏教の「仏」や「仏教徒ぶっきょうと」を守る「守護神しゅごしん」であるという考え(本地垂迹ほんじすいじゃくは ”同一の神”、護法善神ごほうぜんじんは守護してくれる ”別の神” )

[たたり]・・・仏教にはもともと「たたり」という概念がありませんが、こちらは日本流仏教に輸出された考えです。

[垂迹神すいじゃくしん本地仏ほんじぼとけ]
神様は、仏がこの世に現れるための仮の姿(化身けしん権現ごんげん)であり、これを『垂迹神すいじゃくしん』といいます。
反対に、神様の正体である仏のことを「本地仏ほんじぼとけ」といいます。
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本地垂迹ほんじすいじゃくで同化した神の代表例』

「日本古来の神様」と「仏教の仏」が『本地垂迹ほんじすいじゃく』によって同化した例をまとめました。みなさん”お馴染み”の「仏様」は、「日本神話」のあの「神様」だったんですねぇ。(※キッチリと神仏一対となっているわけではないことに注意です)

《日本の国土や様々な神を生んだ》

『イザナギ』釈迦如来しゃかにょらい阿弥陀如来あみだにょらい
『イザナミ』千手観音せんじゅかんのん

『火のカグツチ』千手観音せんじゅかんのん伊豆山いずやま権現ごんげん
 →イザナミの死の原因となった火の神

『ククリ姫』十一面観世音じゅういちめんかんぜのん菩薩
→イザナギ・イザナミの夫婦喧嘩を仲裁(縁結び神)

《イザナギのみそぎから生まれた三貴神さんきしん

天照大御神あまてらすおおみかみ大日如来だいにちにょらい十一面観世音じゅういちめんかんぜのん菩薩ぼさつ日吉ひよし
→太陽の女神、天上界の最高神

月読命ツクヨミ阿弥陀如来あみだにょらい

スサノオ牛頭こず大王= 薬師如来やくしにょらい熊野くまの権現ごんげん阿弥陀如来あみだにょらい
→出雲で「ヤマタノオロチ」を退治する。

《スサノオとアマテラスから生まれる》

市杵島姫いちきしまひめ』 = 弁財天べんざいてん
宗像三女神むなかたさんじょしん(末っ子)、「ニニギ」の育ての親。

『おし穂みみ』弥勒みろく菩薩ぼさつ
→5柱神・自分の代わりに「ニニギ」を地上界に降臨させる。

大国主オオクニヌシ』 = 大黒天だいこくてん阿弥陀如来あみだにょらい
→「スサノオ」の子孫。因幡いなば白兎しろうさぎを救う。
→地上界の国造りを進める。

『スクナヒコナ』金剛蔵王こんごうざおう権現ごんげん
「大国主」の国造りを手助けする。

《天孫降臨》

ニニギのみこと = 『釈迦如来しゃかにょらい
→おし穂みみの子(アマテラスの孫)天孫降臨をした。

天手力男命アメノたじからお不動明王ふどうみょうおう聖観世音菩薩しょうかんぜのんぼさつ
岩戸隠れの際、怪力で岩戸をこじ開けた。

『オモイカネ』 = 虚空蔵こくうぞう菩薩ぼさつ
岩戸隠れ、国譲りの際の参謀さんぼう

猿田彦さるたひこ』= 道祖神どうそじん地蔵じぞう菩薩ぼさつ馬頭観音ばとうかんのん
天孫降臨てんそんこうりんの際の道案内、導きの神。

木花之佐久夜姫このはなさくやひめ』 = 浅間大菩薩あさまだいぼさつ
→「大山津見神おおやまずみ」の娘で、「ニニギ」の妻。富士山の女神。
→出生を巡って「ニニギ」と揉め、火の中で山幸彦やまさちひこらを産む。

山幸彦やまさちひこ文殊もんじゅ菩薩ぼさつ
→「ニニギ」の子。竜宮城に行き、兄「海幸彦」を下す。
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如来? 菩薩? 何だかよく分からない!?
『仏様』の種類について

以前、「日本神話」には「八百万神やおよろずのかみ」と言って、多くの神様がいると紹介しました。中には『イザナギ、イザナミ』や『天照大御神アマテラスオオミカミ』のように有名な神様も大勢いましたよね。実は、『仏教』にも多くの仏様がいらっしゃいます。

『仏教』では基本的に『神』は存在しません。最高の存在は『仏』となります。
ただ “扱われ方” 自体は、あがめられ、大切にされ、いわゆる「信仰の対象」となっているという点では、「神様に近い存在」と言っても良いと思います。

もう1点として、インドには「仏教」の生まれる以前から、信仰の対象となる神々が存在していました。
そういった “土着どちゃくの神” を「仏教」に取り入れたものが『天部てんぶ』とよばれる神です。仏法や仏教徒を護る「守護神」という扱いで、神であり、仏でもあります。つまり ”神と仏のハイブリット” と考えていただければ、イメージしやすいでしょうか?

では、『仏』とは一体「何」を指し、どの様な「種類」があるのかを紹介していきます。

まず、「仏教」において『仏』とは『さとりを開いた者』という意味があります。この悟りを開いた人を『仏陀ぶっだ』と言うんでしたよね。まさに、「釈迦しゃか」はさとりを開いて「仏教」を興したので『仏』です。
そして、広い意味では『さとりを得ようと修行している者』や『仏教や仏教徒を護ろうとする者』も『仏』としてあがめられています。
そう考えると、やはり『神道しんとう』の「神様」とは意味が異なりますよね。

さて、それでは『仏』の種類を見ていきましょう。
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[如来にょらい]

さとりを開いた者、つまり『仏陀ぶっだ』のことを意味します。
仏教世界では、さとりを開いた方は釈迦しゃか以外にもいて、その方たちも『如来にょらい』としてあがめているんですね。

釈迦如来しゃかにょらい
釈迦しゃか様のことです。要は仏教の中心的存在です。禅宗ぜんしゅう系の「曹洞宗そうとうしゅう」「臨済宗りんざいしゅう」のご本尊としてまつられています。

阿弥陀如来あみだにょらい
遥か西方の極楽浄土ごくらくじょうどに住んでいて、人々を悩み・苦しみから救って下さるのが阿弥陀あみだ如来にょらいです。
南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と念仏を唱えることで、必ず極楽浄土ごくらくじょうどへ行けるというのが「浄土じょうど宗」「浄土じょうど真宗しんしゅう」といった宗派です。ただし「浄土じょうど真宗しんしゅう」は仏像・仏画に対して否定的ですので、仏像をまつっているのは主に「浄土宗じょうどしゅう」ということになります。

大日如来だいにちにょらい
密教みっきょう』において最高位の絶対的な存在です。『密教』の教えは、この大日如来の「身・口・意の3密」を感じることです。真言宗しんごんしゅうの本尊として祀られています。

薬師如来やくしにょらい
薬師如来やくしにょらいは様々な難病を除く、病除やまいよけの仏です。「薬師やくし」は「医者」という意味もあります。手に薬の入った壺『薬壺やっこ』を持つのが一般的な仏像イメージですが、極端に歴史の長い(作られた年代が古い)ものは『薬壺やっこ』を持たないものがあります。

毘盧遮那如来びるしゃなにょらい

多宝如来たほうにょらい
釈迦しゃかが教えを広めていると、大きな「多宝塔たほうとう」が現れ、如来にょらい釈迦しゃか説法せっぽうを称賛しました。そして多宝塔たほうとうの中に入り、並座して説法せっぽうを続けたと言われています。このとき現れた如来にょらいが「多宝如来たほうにょらい」と言われています。

五智如来ごちにょらい
五大如来ごだいにょらい」とも言われ、密教で5つの知恵をつかさど如来にょらいとされています。五智如来ごちにょらいは中心に大日如来だいにちにょらい、その他四方を阿弥陀如来あみだにょらいなどが配されています。
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[菩薩ぼさつ]

さとりを得ようと(如来にょらいを目指して)修行している者を言います。如来にょらいに代わって教えを説いたり、人々を救ったりもします。

聖観音菩薩しょうかんのんぼさつ
「観音さま」のもととなっています。「観音=女性:母性」というイメージは中国・日本でついたものですが、もともとの性別はハッキリと分かっていません。一説ではチベット地方の女神と結びついたイメージとも言われています。そのため仏像の多くは女性らしいお顔をされています。

般若心経はんにゃしんぎょう」は「觀自在かんじざい菩薩ぼさつ行深~・・・」で始まるんですが、この觀自在かんじざい菩薩ぼさつは『聖観音菩薩しょうかんのんぼさつ』のことです。

勢至菩薩せいしぼさつ

[阿弥陀三尊あみださんそん]
阿弥陀如来あみだにょらいを中心に、向かって右に『観音菩薩かんのんぼさつ』、左に『勢至菩薩せいしぼさつ』の脇侍わきじを置いた形式を阿弥陀三尊あみださんそんと呼びます。

十一面観音菩薩じゅういちめんかんのんぼさつ
千手観音菩薩せんじゅかんのんぼさつ
十一面観音じゅういちめんかんのん千手観音せんじゅかんのんともに「密教」の教義きょうぎにより生まれた仏様です。

如意輪観音菩薩にょいりんかんのんぼさつ
「知恵をもってあまね一遍いっぺんらす」と言われる仏です。

馬頭観音菩薩ばとうかんのんぼさつ
観音菩薩かんのんぼさつは通常、穏やかなお顔「柔和相にゅうわそう」をしているんですが、馬頭観音ばとうかんのんは怒った顔「憤怒相ふんどそう」をしていることが多いんですよ。

文殊菩薩もんじゅぼさつ
問答もんどうの達人である兄弟子あにでしのもとを、釈迦しゃかの代理として訪れた際に、兄弟子あにでしと対等にもんどうを交わしたという逸話があり、知の象徴として定着しています。このためか、神仏習合(本地垂迹ほんじすいじゃく)でも「知の神:思兼神オモイカネ」ど同一とされることが多い。「三人寄れば文殊もんじゅの知恵」と言う「ことわざ」でも語られるほどの知恵者。

普賢菩薩ふげんぼさつ
文殊菩薩もんじゅぼさつが「知」で、普賢菩薩ふげんぼさつが「恵」、両尊で「知恵」となって、釈迦如来しゃかにょらいをお守りしています。

[釈迦三尊しゃかさんそん]
釈迦如来しゃかにょらい」を中心に、向かって右に「普賢菩薩ふげんぼさつ」、左に「文殊もんじゅ菩薩ぼさつ」の脇侍わきじを置いた並びを「釈迦三尊しゃかさんそん」と呼んでいます。

弥勒菩薩みろくぼさつ
釈迦しゃか様の次に『如来にょらい』になることを約束されている仏です。とは言っても56億7千万年後の未来ですけど。台に座って、片足を組み、片手(指先)を頬に当て、物静かに瞑想めいそうにふける仏像が一般的です。

地蔵菩薩じぞうぼさつ
いわゆる「お地蔵さん」と呼ばれる仏さまで、「道祖神どうそじん」や「子供を護る仏」として知られています。仏教世界では、弥勒菩薩みろくぼさつが現れるまでの間、釈迦しゃかに代わって人々を救うとされています。
仏像はクリンクリンの剃髪ていはつで、袈裟けさを着て、左手に「宝珠ほうじゅ」、右手に「しゃくじょう:旅の僧侶がもつつえ」を持っていることが多いです。
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[明王みょうおう]

明王みょうおう」は、仏陀ぶっだの教えに従わない人を救う仏。簡単に言えば、更生・指導ですかね?そのため、鬼の形相(憤怒相ふんどそう)であることが多いです。密教の教えの中で出てくる仏です。

不動明王ふどうみょうおう
「五大明王」とよばれるグループのリーダーで、最も有名な「明王みょうおう」ですよね。逸話ではヒンドゥー教の最高神「シヴァ」を屈服させたとされています。
密教の最高位である大日如来だいにちにょらいの化身とも言われています。
仏像では「三鈷剣さんこのつるぎ(煩悩ぼんのうを断ち切る剣)」と「縄(魔を縛り上げる)」をもっていることが多いです。

愛染明王あいぜんみょうおう
「愛で染める・・・」いいですね。でも愛は愛でも、愛のムチの方ですね、明王みょうおうですから笑 その証拠に「憤怒相ふんどそう」をしています。「獅子しし」のかんむりをかぶり、はすの花の上に座っている姿が一般的です。「不動明王ふどうみょうおう」とセットで祀られることが多いみたいです。

孔雀明王くじゃくみょうおう
慈悲じひ」を表す明王で、仏像は「孔雀くじゃく」に乗って現れ、明王の中で唯一「慈悲相じひそう」をしています。 そう言えば「孔雀王くじゃくおう」という漫画がありましたよね。

五大明王ごだいみょうおう
不動明王ふどうみょうおう』を中心として、『降三世明王ごうざんぜみょうおう』『軍荼利ぐんだり明王みょうおう』『大威だいいとく明王みょうおう』『金剛こんごう夜叉やしゃ明王みょうおう』がいます。
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[天部てんぶ]

仏教以前にインドに伝わっていた神々を『仏教』に取り込んだものが『天』と呼ばれます。「仏教」の妨げとなるような「要因」から人々を護る存在で、仏であり、神でもあるという立ち位置になります。

[十二天じゅうにてん]
古代インドの神々(バラモン教など)が仏教に取り入れらた守護神で、方位や天地、日および月などを割当てられています。

梵天ぼんてん
「十二天」の「天」を護る神です。元々はヒンドゥー教の創造神でした。

帝釈天たいしゃくてん
「十二天」の「東」を護り、『インドラ』と呼ばれる神です。
→「三十三天」を率いて、「阿修羅あしゅら」と戦ったとされています。

閻魔天えんまてん
「十二天」の「南」を護ります。冥界めいかい・地獄の王として、死者の生前の罪を裁く神として、あまりにも有名ですよね。あの罪人を釜茹かまゆでにしたり、舌を “ひっこに抜く” みたいなイメージは後世のもので、インドでは元々、「穏やかな表情」で描かれることが多かったみたいですよ!(イメージ:霞関山太宗寺)

羅刹天らせつてん
「十二天」で「西南」を護り、「破壊と滅亡」を司る神で、「鬼神きしん」の総称でもあります。

伊舎那天いざなてん
「十二天」で「東北」を護る神です。一説では『伊舎那天いざなてん』と「そのきさき」が日本神話の『イザナギ』『イザナミ』のモデルになっているとも言われています。

『十二天』には他に「水天」「風天」「地天」「日天」「月天」「毘沙門天」がいます。

四天王してんのうと呼ばれる持国天じこくてん』『増長天ぞうちょうてん』『広目天こうもくてん』『多聞天たもんてん
→仏画は「甲冑かっちゅう」姿で描かれることが多い。

鬼子母神きしぼじん
ヒンドゥー教の女神。500の子を育てるために「人間の子」を食べ、釈迦しゃかによって「子を失う親の悲しみ」をさとされました。以後、仏法を護る神となりました。

吉祥天きっしょうてん
ヒンドゥー教の女神で『美女』の代名詞とも言われています。「鬼子母神きしぼじん」の娘で「毘沙門天びしゃもんてん」の妻。

毘沙門天びしゃもんてん七福神を参照
「十二天」のうちの1尊。「四天王」の「多聞天たもんてん」と同一神。

弁財天べんざいてん七福神を参照

金剛力士こんごうりきし
→「仁王におう」さまのことです。「二王におう」とも言われ「阿形あぎょう」「吽形うんぎょう」という2対一体の神です。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの立ち姿に、『金剛杵こんごうしょ』と呼ばれる武器を持っている「像」が境内入口の仁王門におうもんに安置されることが多いです。

十二神将じゅうにしんしょう
干支えとを割当てられた古代インドの神々です。
クビラ・金毘羅こんぴら・バサラ(金剛力士こんごうりきし)・メキラ・アニラ(風天ふうてん)・インドラ(帝釈天たいしゃくてん)など。
→仏画は甲冑かっちゅう姿で描かれることが多い。古くは「敦煌とんこう」の壁画などでも見られます。

八部衆はちぶしゅう:仏法を守護する8神です。
→龍・阿修羅あしゅら迦楼羅カルラ夜叉やしゃなどが有名ですよね。

二十八部衆にじゅうはちぶしゅう
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[その他]
[羅漢らかん][じん][七福神]

羅漢らかん
釈迦しゃかの高弟(格の高いお弟子さん)である『羅漢らかん』『阿羅漢あらかん』などが有名ですね。「五百ごひゃく羅漢らかん」なんて聞いたことありませんか?
東光寺五百羅漢像

宇賀神うがじん
出自不明とされる謎の神です。一説では『宇迦之御魂神うかのみたまのかみ=お稲荷いなりさん』が神仏しんぶつ習合しゅうごうの過程で弁財天と同化して生まれた神ではないかとも言われていますが、定かではありません。

『とぐろを巻いた蛇』の体に『顔が白髪老人(一部で乙女)』という姿で現されていて、関東を中心に数多くの石像が祀られています。イメージ

『七福神』

神仏習合しんぶつしゅうごう(本地垂迹ほんじすいじゃく)で同化した神仏と、中国の「道教どうきょう」という宗教神が、混ぜこぜになったのが、みなさんご存じ『七福神』です。7尊すべてが縁起えんぎ物としてあがめられているんですね。でも『神道しんとう』『仏教』ハッキリぜず、両方でまつられていることも多いんです。

恵比寿天えびすてん
由緒:唯一の日本古来の神です。日本神話の「水蛭子ひるこ」だとも言われています。
御利益:豊漁・五穀豊穣ごこくほうじょう・商売繁盛
容姿:釣竿・鯛・頭巾ずきんかぶった恵比寿顔えびすがおの『長者ちょうじゃ姿すがた』(釣りや豊漁は生まれた時に海に捨てられたからとも言われています。)

大黒天だいこくてん
由緒:ヒンドゥー教の最高神「シヴァの化身」と日本神話の『大国主オオクニヌシ』が習合しゅうごうしました。
御利益:財福と食物→転じて「大黒柱だいこくばしら
容姿:「小槌こづちと福袋と米俵こめだわら」か一般的なイメージです。「袋」を背負っているのは、日本神話で兄弟たちの荷物持ちをさせられていたため:今ではその袋から福が生まれるので福袋とも言われています。

毘沙門天びしゃもんてん
由緒:ヒンドゥー教の神様で、もともとは戦いの神。仏教に取り入れられ福徳をさとすようになります。
御利益:福徳
容姿:甲冑かっちゅうやりを持つ姿は「戦いの神」だった頃の名残なごり?

弁財天べんざいてん
容姿:ヒンドゥー教の女神と「日本神話」の「宗像三女神むなかたさんじょしん:イチキシマ姫」と習合しゅうごうします。もともとは「財」ではなく「才」でした。つまり楽器や弁才べんざいに長けている女神でした。
御利益:音楽・財福・知恵
容姿:琵琶びわ(弦楽器げんがっき)を持つ、羽衣はごろも姿の紅一点です。

福禄寿ふくろくじゅ御利益:福禄・人望
寿老人じゅろうじん御利益:長寿
由緒:ともに「道教どうきょう」という中国の宗教の神で「南極星なんきょくせい」の化身です。
容姿:一般的に2尊とも「つえ」と「巻物」を持った白髭しらひげ仙人せんにん姿のおじいちゃんです。見分ける方法は頭巾ずきんを被っているオシャレさんが寿老人じゅろうじんで、ツルツル頭の方が福禄寿ふくろくじゅですね。イメージですけど。

布袋ほてい
由緒:中国で実在した禅宗ぜんしゅうのお坊さんです。「福の神」とも、弥勒菩薩みろくぼさつの化身とも言われています。背負った大きな布の袋から「布袋和尚ほていおしょう」と呼ばれました。吉凶きっきょうを占うと「百発百中」だったと言われていました。
御利益:幸運・大量
容姿:大きな「袋(堪忍袋かんにんぶくろ)」と「軍配ぐんばい(占いに使うみたい)」を持って、大きな太鼓腹たいこばらをしています。この「堪忍袋かんにんぶくろ」は何でも受け入れる「弥勒菩薩みろくぼさつ」のような深い心と言われています。「堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れる」は落語の演目です。

いかがだったでしょうか?
日本人は昔から様々な宗教を、巧みにアレンジして心の拠り所にしてきたんですね。
その中には、日本古来の神様もいれば、仏教の仏様と結びついた神様もいました。

お寺や、神社で参拝する機会があれば、今までと違う角度から ”ご祭神” や ”仏像” を感じてみてはいかがでしょうか(-ω-)/

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