日本神話を簡単にまとめると?③


こんにちは、凛です。

前回までは、『スサノオ』の地上界での活躍~『大国主オオクニヌシ』の国造り~天上界の神々が地上界を飲み込む『国譲くにゆずり』神話までを紹介しました。

ここからは、「国譲りくにゆずり」の後に、天上界の神々が降りてくる『天孫降臨てんそんこうりん』から、お話が始まります。さてさて、お話はどんな展開を見せるのでしょう。それでは早速いってみましょー(*’▽’)

『日本神話 ショート・ショート』

(本文)
天孫降臨てんそんこうりん

『ミカズチ神』から『地上界』の ”併合へいごう” に成功した、と報告を受けた『アマテラス』と『高み結びたかみむすび』は、早速、五柱神の長男『おし穂みみ』に、地上界に降りるように命じます。

ところが、『おし穂みみ』は、「子が生まれてしまい、行くことが出来ない。代わりにこの子(生まれたての子)を地上界につかわせましょう」と答えました。

生まれた子の名前は『邇邇芸命ニニギのミコト:通称ニニギ』です。『ニニギ』は『おし穂みみ』と『高み結びたかみむすび』の娘『アキツシ姫』との間に生まれた子でした。

さて、こうして『ニニギ』は地上界へ降り立つことになります。この事件は「天(アマテラス)の、孫(ニニギ)が、(地上界に)降臨する」という意味で『天孫降臨てんそんこうりん』と呼ばれます。

天孫降臨てんそんこうりん』にあたって、『アマテラス』は『ニニギ』に5尊の神をお供として付けました。
岩戸隠いわどかくれの時、「祝詞のりと」を唱えた神
『天児屋根神(アメノこやね神)』

・同じく岩戸隠いわどかくれの時、様々な「儀式」を行った『太玉命ふとだまノミコト

・「八咫鏡やたのかがみ」を作った『いしこりどめ
・「勾玉まがたま」を作った『玉祖命玉のおや

そして最後に、、、
・「神楽かぐら」を踊った『アメノうずめ
の5尊の神が選ばれました。

この5尊の神を『五伴諸いつのとものお』と呼びます。

加えて“知恵の神”『オモイカネ』と岩戸隠いわどかくれの時、岩戸が閉じないように“こじ開けた”怪力の神『手力男たぢからお』、魔をはらう戸や門の神『天石門別アメノいわとワケ神』も随伴させます。

さらに『八咫鏡やたのかがみ』、『八尺瓊勾玉やさかにのまがたま』、『草薙剣くさなぎのつるぎ』の『三種の神器さんんしゅのじんぎ』をすべて持たせました。

そして、『アマテラス』はこう命じます。
アマテラス:「『八咫鏡やたのかがみ』は私の魂(分身)として崇拝しなさい。次に『オモイカネ』は祭祀さいしを行って国を治めなさい」

『アマテラスとニニギ』イメージ

『天孫降臨』イメージ

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こうして(そうそうたるメンバーが集まり)『地上界』に向けて出発しました。
ところが道中の『つじ(道と道が交わる場所、交差点)』に“天と地を照らす大男”が現れます。

「鼻は長く、目は鬼灯ほおずきのように赤く光り、とにかく大きい」

その神にみな恐れをなしていると、『アメノうずめ』だけが物怖ものおじもせず、肌をあらわにして、近づいて語りかけました。

うずめ:「ここは我らが御子みこ(ニニギ)が “天から降りる道” 、そこに立つ あなたは誰ですか?」
謎の神:「私は『国津神くにつかみ(=地上界の神)』で、名は『猿田彦さるたひこ』です。天津神あまつかみ御子みこが降臨すると聞いて、道案内としてお迎えにあがりました。」
猿田彦さるたひこ:「あなたは、なぜ肌をあらわにするのですか?」
うずめ:「誰だか分からぬ神(猿田彦さるたひこ)が怖かったからです。御子みこをどこまで案内してくれるのでしょう?」
猿田彦さるたひこ:「筑紫つくし日向ひゅうがの『高千穂たかちほ』の峰までお連れしましょう。私は、そのまま伊勢狭長田さなだ五十鈴いすず』の川上へ向かいます。」
うずめ:「私を怖がらせ、あらわにさせたのはあなたです。(責任をとって)私を伊勢まで送って(連れていって)ください。」

こうして、『猿田彦さるたひこ』は『ニニギ』とその一行を伴って日向ひゅうがの『高千穂たかちほ』に降り立ちます。

降り立った『ニニギ』は「この地は韓半島かんはんとうに向かい合い、笠沙岬かささのみさきがあり、朝陽が差し込み、夕日が照る、良い所だ」と言って、太い柱を立て、そびえるように大きい御宮を建てました。

『ニニギ』は『アメノうずめ』に命じます。
「(功労者である)『猿田彦さるたひこ』について伊勢まで行き、同じ氏『猿女君さるめのきみ』を名乗り、仕えなさい。」 こうして女神は男性神の氏を名乗ることになりました。

その後『猿田彦さるたひこ』は、漁に出ているとき、貝に手を挟まれ、海底に沈み、泡となり、やがて泡が弾けて消えてしまいました。

お仕えから戻った(未亡人として戻った)『アメノうずめ』は権力移譲の仕事を着実にこなしていきます。

『アメノうずめ』は海に棲む大小さまざまな魚を集めて、『我が御子みこ(ニニギ)に仕えるか?』と問いかけます。

魚たちは一様に『仕えます!』と答えますが、『海鼠なまこ』だけが、何も答えませんでした。

怒った『アメノうずめ』は『この口が答えない口か』といって小刀で口を切り裂いてしまいました。それ以降ナマコの口は裂けているように見えるのです。

凛のトリビアPOINT!

・『おし穂みみ』って何なんですかね?
地上が騒がしいと、とんぼ返りしてきて『アマテラス』に泣き付き、代わりの神々が頑張って話をつけてきたのに、その間に子供が出来たから行けなくなった。
「はぁ?」って思いませんか? しかも生まれたての子を遣わすって・・・
ダメ男過ぎて悲しくなります。

・私が『日本神話の七不思議』と勝手に考えている謎のひとつが、この ”ダメ男” たちの描写なんです。以前にも書きましたが、日本神話は天皇家などの正当性や日本という国のアピールのために作られたお話ですよね。だとすれば、人格(神様なので神格?)も、人望も、業績も、何一つ曇りのない超カッコイイ神様にすればいいと思いませんか? あえて、この神様大丈夫なの?と思わせるようなエピソードが赤裸々に語られています。この後の話でもザクザク出てくるのですが、謎は深まるばかりです。まぁここが憎めないというか、日本神話の奥深いところなんですけどね。

天孫降臨てんそんこうりんで『ニニギ』のお供をした『こやね神』は、のちの『中臣なかとみ藤原家』の始祖神です。

・天孫降臨で降り立った「高千穂」と「笠沙岬」の位置が違いすぎるんですよね・・・九州の東岸と西岸って、ザックリし過ぎですよね。

・『ふと玉』はのちの『忌部いみべ』の祖となります。ちなみに忌部いみべは儀式を執り行う職業の名でもありました。

・『猿田彦さるたひこ』の登場です。最近ではコーヒーのブランド!?なんて思っている方も多いと思いますが、神話に出てくる “れっきとした” 神様ですからね!さてこの神の扱いが少々雑というか、何と言うか・・・

まず天と地を照らすということから『太陽』を表しているのは間違いありません。そして、道案内ということからも “旅の安全” を守る『道祖神どうそしん』、“導きの神” などとも呼ばれている神です。
その容姿から『天狗てんぐ』としても崇められています。

そんな神の “死んだ理由” が「貝に手を挟まれ溺れた」としか書いていないんですよ! 太陽でもある神が死ぬにしては、実にあっさりというか、淡々と語られているんですよね。何か隠さなければならないような政治的な背景があったのかと疑ってしまいます。

・『アメノうずめ』は本当によく ”いろんなところ” をあらわにします。(*ノωノ)イヤン
そして、勝手に脱いでおきながら “責任を取れ” とか言い出して・・・古代の “逆ナン” はかなり強引だったんですね 笑

裏話ですが、「 ”あらわ” になったのは、あなたのせいなので伊勢まで送って下さい。」と言ったのは、『猿田彦さるたひこ』の方だという説もあります。

(※本文に主語が無いために、この様な議論が起きているんです。そして、“連れて行く”ではなく“送っていく”と表現されているところが、確かにしっくりこないんですよね)

うずめ』は本来、神に踊りを捧げる巫女みこ」だったと言われています。そして、ほかの誰も近づけなかった素性の知れない神(猿田彦さるたひこ)を召喚しょうかんします。
そのため姿があらわになったのは猿田彦さるたひこの方で、道案内が終わったら、『うずめ』に伊勢まで送って欲しい(巫女みこの霊力で伊勢の地に納めて欲しい)とお願いしたのではないか? とも言われているんですね。

・『うずめ』が命じられた「つかえる」は「妻となって支える」という意味ですね。つまり『猿田彦さるたひこ』と『うずめ』は結婚し夫婦となります。
そして猿田彦が死んだということで『未亡人』となってしまうんですね。

・女性神が男性神の『氏』を名乗ったことで、その後「夫婦同姓」の原型になったとされています。

・『うずめ』が『猿田彦さるたひこ』を失って、「あの人が死んだ海が嫌い、そこに棲む魚も嫌い、喋らないナマコはもっと嫌い!」って思ったかどうかはわかりませんが、まるで人が変わったかのような振る舞いですよね。

さらに、ナマコが返事をしなかったのは、ナマコには口が無くて、話したくても話せなかったという “オチ” までついてきます。

また、実際のナマコの口は裂けてはいないので、別の生物ではないかとも言われています。

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(本文)
『天孫降臨』その後の話・・・

ある日、『ニニギ』は笠沙岬かささのみさきで美しい女神と出逢います。

ニニギ:「あなたは誰の娘でしょうか?」
美しい女神:「私は『大山津見神おおやまずみノカミ』の娘で『木花佐久夜毘売このはなさくやひめ:通称(咲くや姫)』です」
ニニギ:「あなたと結婚したいのですが、いかがですか?」
咲くや:「お答えできません。父に聞いて下さい」

そうして『ニニギ』は『咲くや姫』の父である『大山津見神おおやまずみ』を訪ねます。話を聞いた『大山おおやま津見神ずみ』は大喜びで、たくさんの献上品に加え、『咲くや姫』の姉である『石長比売(イワナガ姫)』までもをとつがせました。

ところが、『イワナガ姫』の容姿が妹と正反対であったため、『ニニギ』は姉を『おおやまずみ』のもとに帰してしまいました。

ところが、『大山津見神おおやまずみ』はこう言います。
「私はあなたに『誓約うけい:ここでは “まじない” 』をかけていました。『イワナガ姫』が仕えればあなたの命は石のように長く硬くあり続けるでしょう。そして『咲くや姫』が仕えれば、花が咲くように繁栄するでしょう。そして姉妹の女神を差し出したのは、花のような繁栄が石のようにいつまでも続く事を願ってのことでした。」

「しかし、このような恥をかかされたのであれば、あなたの命は “花のように儚いもの” になるでしょう。」と

それ以来、『ニニギ』の子孫(天皇家)の寿命は極端に短くなってしまいました。

しばらくして、『咲くや姫』が身籠みごもりました。そして、(自分の身分を気にして)天津神あまつかみの子を生んでも良いのかと尋ねました。

ところが、『ニニギ』は「たった1夜の交わりで、子が出来るわけがない。その子は ”国津神くにつかみの子” であろう」と疑いをかけました。

さすがに、その言葉を聞いて『咲くや姫』は怒り、父と同じように誓約うけいをします。

「あなた(二ニギ)との子であれば、無事に神が生まれるでしょう。もし国津神くにつかみの子であれば、無事には生まれないでしょう」

そう言い放つと、戸の無い宮殿をつくり、土で塗りふさいでこもってしまいました。

やがて出産の時を迎えると、今度は宮殿に火を放ちました
炎が燃え盛る中、生まれたのが『火照命ホデリのみこと』『火須勢理命ホスセリのみこと』『火遠理命ホオリのみこと』の3神でした。

『木花佐久夜毘売の誓約』イメージ

無事に神が生まれたことで、『咲くや姫』の疑いは晴れました。

『木花佐久夜毘売』葛飾北斎作

凛のトリビアPOINT!

・またまた『大山津見神おおやまずみ』の登場です。以前も説明しましたが、『おおやまずみ』は(=大山”住み”)で、山を象徴する神でしたよね。娘や孫を次々に嫁がせて力をつけていったのでしょう。当時の有力な豪族がこういった政略結婚せいりゃくけっこんを繰り返していたという歴史的な背景が神話にも反映されたのでしょうか?

以前は『スサノオ』に、孫にあたる『櫛名田比売クシナダヒメ』と、娘にあたる『神大市比売かむオオイチヒメ』という女神を嫁がせました。また「スサノオ」と「櫛名田比売クシナダヒメ」との間に生まれた『やしまジヌミ』にも、自分の娘『木花知流比売(この花散る姫)』を嫁がせていましたよね。

まぁキッカケは『オロチ』に食べられそうになっていた『クシ』を助けるところから始まっているので、最初の最初から『大山おおやま』の策略とは思えません。
むしろ、この一件で味をしめたといった感じではないでしょうか。

そして今回も、天孫として降臨してきた『二ニギ』に、いち早く取り入ります。(すみません、ここからはかなり個人的な妄想♡です) 岬で偶然を装いつつ容姿端麗ようしたんれいな「木花佐久夜毘売このはなさくやひめ」との出逢いを演出した。そして「言い寄られても、その場で返事をせずに、必ず私のもとに来るように仕向けるのだぞ!」なんて事前に言い含めていたんじゃないでしょうか? だから『咲くや姫』は求婚されたとき「父に聞いてほしい」と言ったんでしょ!|д゚)ソウナノ!?

思惑おもわく通りに事が進み、嫁のもらい手に困っていた姉の『石長いわなが姫』も抱き合わせで嫁がせてしまえ!みたいな計算があった!そして、万が一に備え、誓約うけいで呪いをかけておくという、”サスペンス” ばりの ”ゲスい” 策略があったんじゃないか!? (; ・`д・´)ドウナノ!?

かなり興奮してしましたが、『大山津見神おおやまずみ』のしたたかさには恐れ入りますね。そして娘に『この花咲くや姫』と『この花散る姫』という名をつけるあたりが普通じゃないと思いませんか?
私は ”咲く” 方がいいなぁ・・・

・それにしても、まさかの「俺の子じゃない!」発言ですよ!呆れますよホント。何だと思っているんですかねー、この時代、これが普通だとしても父親には政略結婚を強いられ、旦那には他に奥さんがいっぱいいてとか、、、女は道具じゃないっちゅーの(>_<) そりゃ小屋に火をつけて生むくらい怒りますって!

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(本文)
『海幸彦』と『山幸彦』

火照命ホデリのみこと』は海で漁を、『火遠理命ホオリのみこと』は山で猟を行なっていたので、それぞれ『海幸彦うみさちひこ』、『山幸彦やまさちひこ』と呼ばれました。

弟の『山幸彦やまさちひこ』は、兄の『海幸彦うみさちひこ』に、お互いの道具を交換してみたいとせがみます。何度もせがまれ、ようやく兄は了解しました。こうして『山幸彦やまさちひこ』の『弓矢』を『海幸彦』へ、『海幸彦うみさちひこ』の『釣り針』を『山幸彦やまさちひこ』へそれぞれ交換しました。

喜んだ弟は、早速、海で漁をしますが、まったくの不漁で魚一匹取れませんでした。挙句、兄の大事な釣り針を海で失くしてしまいます。

海幸彦うみさちひこ:「私は海で、お前は山で獲物をとった方がうまく行く。だから交換した道具を元に戻そう。」
山幸彦やまさちひこ:「海で漁をしたのですが、一匹も取れず、“釣り針”も失くしてしまいました。」

当然兄の『海幸彦うみさちひこ』は激しく怒り、強く「返せ」と迫ります。
弟は自分の剣を砕いて代わりの釣り針を500個作りつぐなったのですが、受け取ってはくれません。
1000個作ってみても結果は同じでした。『海幸彦うみさちひこ』は「もとの釣り針でないとダメだ!」と言い張ります。

『1400年前に作られたとされる鉄製釣り針』イメージ(宗像市:大穂町原おおぶちはる遺跡)

困り果てて『山幸彦やまさちひこ』が浜辺で泣いていると『塩椎神(塩つち神)』という神が現れて、泣いている理由を尋ねました。
そこで『山幸彦やまさちひこ』が事情を説明すると、『塩つち神』は「私が力になりましょう」と言い出しました。

『塩つち神』は、すぐに竹で編んだ船を作り、『山幸彦やまさちひこ』を載せて押し流しました。
「このしおの流れに乗れば、魚のうろこのように美しい宮殿に辿り着きます。そこは『海神(ワタツミ神)』の宮殿です。門まで行ったら、井戸のかたわらに “ゆずの木” があるので、その上に座って待てば、『ワタツミ神』の娘が手助けしてくれるでしょう。」

『悲しみに暮れる山幸彦と、声を掛ける塩つち神』イメージ

山幸彦やまさちひこ』は教えられた通りに、宮殿に辿り着き、井戸のかたわらに立つ、ゆず香る木に登って待ちました。
しばらくして、宮殿の中から侍女じじょが現れます。侍女じじょは宝石のように光る器に水を汲みました。
すると、器に汲んだ水鏡に『山幸彦やまさちひこ』が映りこみます。侍女じじょが見上げると、水の反射を受けて輝く(うるわしい)男性がいるではありませんか。その光景は何とも不思議でした。

山幸彦やまさちひこ』は水が欲しいというと、侍女じじょは水を汲んだ器を差し出しました。
器を受けとった『山幸彦やまさちひこ』でしたが、水は飲まず、身に付けていた首飾りのひもを解き、その玉を口に含めてから器の中に入れて返しました。
器に入ってしまった玉は、どうやっても侍女じじょには取り除くことが出来ず、困って『ワタツミ神』の娘『豊玉毘売とよたまひめ』にそのまま見せて報告しました。
「そとの木に、うるわしい神が現れました。その姿は、我が “王” より美しいのです。そして水を欲しがっていたので~うんぬんカンヌン!」

そこで、『豊玉姫とよたまひめ』は外に出て、ゆずに木にいる『山幸彦やまさちひこ』を見るなり、ひと目惚れをしてしまいました。
『ワタツミ神』に報告すると、『天津神あまつかみ』の皇子みこが来たことに大変喜び、豪勢にもてなし、『豊玉姫とよたまひめ』と結婚をさせました。

そんなもてなしも続き、とうとう3年もの間、『山幸彦やまさちひこ』はその国で暮らしました。

『海の国で暮らす山幸彦』イメージ

凛のトリビアPOINT!

・なぜ器に、口に含んだ首飾りの玉を入れたのか?何か意味はあるんでしょうけど、ちょっと汚いし、失礼ですよね。

・『豊玉姫とよたまひめ』と侍女じじょの「外にイケメンがいる~っ!」「えっ、うそうそ!?」みたいなガールズトークがほっこりします(*‘∀‘) 自分が仕えている「王」より ”カッコイイよ~” なんて侍女じじょが思わず口にしてしまう ”くだり” も大好きです。

・この章で初めて『王』という言葉が出てきます。きっと、海の世界だけに、地上の国とは違う文化があるんだよってことを示したかったんでしょうか。イメージとしては、リトルマーメイドのトリトン王みたいな感じでしょうか!

・乗って行ったのは亀ではなく、竹で編んだ船でしたが、この話、まるで『浦島太郎』ですよね。乙姫おとひめ御馳走ごちそうに、鯛やヒラメの舞い踊り♪そしてあまりの居心地の良さに3年も居着いてしまうんですから、おとぎ話そのままですよね。と言うことは、この後『山幸彦やまさちひこ』は玉手箱を開けておじいさんに!?

【神々の足あと】
一説によると、「山幸彦」が向かった「竜宮城」は「対馬つしま」の「豊玉とよたま町」にある『和多津美わたつみ神社』ではないかと言われています。

水面から鳥居が配されています。「山幸彦」と「豊玉姫」が出合ったとされる井戸『たま』も ”ご神体” としてまつられています。

※綿津見神社・和多津見神社と呼ばれる神社は全国に数多く存在します。

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(本文)
『竜宮城』から戻る

ある日『山幸彦やまさちひこ』はハッと思い出します。兄『海幸彦うみさちひこ』の釣り針を失くし、それを探しにここまで来たのだということを。そして我に返り、深いため息をつきました。

その溜息を見て妻の『豊玉姫とよたまひめ』は心配になり父である『ワタツミ神』に相談します。
「3年も暮らしましたが、今まで溜息などついたことはありませんでした。なのに今夜は大きなため息をついておりました。何か訳でもあるのでしょうか?」

そんな娘を心配して『ワタツミ神』は『山幸彦やまさちひこ』に問いかけます。
「娘がひどく心配している。今夜は大きなため息をついていたと聞いた、何か理由でもあるのか?そもそも、お前がこの国にやってきた理由は何なのだ?」と。
山幸彦やまさちひこ』は釣り針を失くし、兄に責められ、探している経緯を説明しました。

『ワタツミ神』は海にむ魚を集め、『海幸彦うみさちひこ』の『釣り針』を知らないかと尋ねました。
魚たちは、「赤鯛ののどに小骨が刺さって、食べることが出来ないと困っておりました。」と答えます。
赤鯛の喉元のどもとを調べてみると、確かに『海幸彦うみさちひこ』の『釣り針』が刺さっていました。

『釣り針』を取り外して、綺麗に清めて『山幸彦やまさちひこ』に差し出すとき、『ワタツミ神』はそっと『山幸彦やまさちひこ』に教えます。
「この釣り針を兄に返す時、後ろ手に持って “まじない” の言葉を唱えなさい。その言葉は・・・・云々うんぬん・・・だ。」

そして、こうも付け加えます「兄が高い位置に稲田を作ったならば、お前は低い位置に稲田を作りなさい。兄が低い場所に田を作るのならば、お前は高い場所に田を作りなさい。私は水を操れるので、お前の兄は不作で困窮こんきゅうすることになるであろう。」

「もしも、兄が恨んで攻めてきたならば、お前はこの『塩満珠しおみつたま』に念じて溺れさせなさい。そして助けを求めてきたならば、『塩乾珠しおふるたま』に念じて助けなさい。そうやってとことん苦しめるのだ。」そう言って、2つのたまを手渡しました。

『ワタツミ神』は『和邇魚わにうお:サメ』たちを集めて問いかけます。
「今から天津神の皇子(山幸彦やまさちひこ)が “上の国” に戻ることになった。最も早く送り届けることが出来のは誰だ?」
皆が言い争っている中で、『一尋和邇ひとひろわに』が名乗り出て「私は1日で送って帰ってこれます」と言いました。
「ならば、『一尋和邇ひとひろわに』に任せよう。だが、海中を渡るときに怖がらせないようにするのだぞ!」
そうして、『山幸彦やまさちひこ』を『一尋和邇ひとひろわに』に乗せて送り出しました。約束通り、一尋和邇ひとひろわには1日で帰ってきました。

一尋和邇ひとひろわにに乗る山幸彦』イメージ

山幸彦やまさちひこ』は送ってくれた『一尋和邇ひとひろわに』が帰っていくとき、持っていた『サイ』と呼ばれる紐の小刀を『一尋和邇ひとひろわに』の首に掛けて帰します。それ以来、一尋和邇ひとひろわには『サイ持ち神』と呼ばれます。

山幸彦やまさちひこ』は『ワタツミ神』に教えられた通りに呪文を唱え、釣り針を『海幸彦うみさちひこ』に返します。そして、稲田を兄とは異なる場所に作ります。すると、みるみるうちに兄の田は枯れ、困窮し、心はすさみ、『山幸彦やまさちひこ』のもとへ攻め込んできました。

そこで『塩満珠しおみつたま』に念じて洪水を起し、兄を溺れさせました。『海幸彦うみさちひこ』が助けを求めてきたので、今度は『塩乾珠しおふるたま』に念じて洪水を治めました。

『溺れる海幸彦』イメージ

こうして、苦しんだ『海幸彦うみさちひこ』はとうとう観念して、「今後は『山幸彦やまさちひこ』の守護神となり、昼も夜も仕えましょう。」と誓いました。

凛のトリビアPOINT!

・古代では、道具は神の力を持っていて、とても大切に扱われていました。もちろん糧である魚を捕る『釣り針』も大変貴重なものだったと思われます。それを亡くしたとあれば兄の『海幸彦うみさちひこ』が怒るのは当然っちゃ当然ですよね。

・にしても、失敗したのは弟の『山幸彦やまさちひこ』のほうなのに、兄は呪いまでかけられ、こてんぱにやられてしまうなんて、なんだか気の毒としか言いようがありません(=_=)

・さて、兄に釣り針を返すときに唱えた呪いの言葉。まるでラピュタにでてくる ”バルス” みたいな滅びの呪文ですよね。実は「此鉤こち淤煩鉤おぼち須須鉤すすち貧鉤まずち宇流鉤うるち」いうものでした。まぁ大体意味はそのままで『チ/くぎ=釣り針』で、これは頭のおかしくなる釣り針、これは貧しくなる釣り針・・・と持つ人に降りかかる災いを言葉に込めているんですね。Σ(・ω・ノ)ノ!コワ

言霊ことだま』って言います、これ。念じて発した言葉には、力が宿るんですよ。

海の国凄すぎ、霊力強すぎ・・・

【神々の足あと】
『山幸彦』が海の国から戻った際に、上がったとされる場所に『青島神社』があり、「山幸彦」と「豊玉姫」を祀っています。海と陸を結ぶ雰囲気が、いかにも!って感じです。

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(本文)続き・・・

妻の『豊玉姫とよたまひめ』が ”海の国” から上がってきて言いました。

『山幸彦の後を追う豊玉姫』イメージ

豊玉姫とよたまひめ:「私は、今あなたの子を身籠みごもっています。でも、海の中で『天津神あまつかみ』の子を生むものではありません。そのため、ここまで参りました。」

そう言うと、すぐに海辺の波打ち際に ”海鵜うみうの羽” で産殿うぶどのを作りました。産殿うぶどのが完成するかしないかという時に、陣痛が来て、『豊玉姫とよたまひめ』は産殿うぶどのへ駆け込みます。
その時、『豊玉姫とよたまひめ』は『山幸彦やまさちひこ』に強くお願いをしました。

「今から、あなたの子を生みます。その最中は、とても見せられない姿になってしまいます。なので、決して産殿の中をのぞき見てはいけません。」と。

一旦は約束をするものの、『山幸彦やまさちひこ』は、妻の言葉を不思議に思い、とうとう好奇心に負け、産殿うぶどのの中をのぞき見てしまいます。すると、産殿うぶどのの中では、とても大きな『さめ』が苦しそうにのたうち回っていました。

豊玉姫とよたまひめ』の正体は巨大なさめの化身だったのです。

その姿を見た『山幸彦やまさちひこ』は恐ろしくなり、逃げ出してしまいます。
姿を見られたことを知った『豊玉姫とよたまひめ』は恥ずかしさのあまり、生まれた子を置いて、海の世界に帰ってしまいました。海と陸をつなぐ道も堅くふさいでしまい、以後、行き来が出来ず、会うことも出来なくなってしまいました。

こうして、生まれてきた神は、『波限建鵜葺草葺不合命ナギサタケうカヤフキあえずノミコト:通称(会えずのみこ)』と呼ばれます。

強い呪術を操る海の一族でしたが、のぞき見られた恨みよりも『豊玉姫とよたまひめ』が『山幸彦やまさちひこ』をしたう気持ちの方が強く、妹の『玉依毘売(たまより姫)』を『会えずのみこ』の養育係として ”上の国” へ遣わせました。

やがて、時は流れ、『会えずのみこ』は『たまより姫』を妻にしました。そして4人の子が生まれました。

最初に『五瀬命イツセノミコト
次に『稲氷命イナヒノミコト
次に『御毛沼命ミケヌノミコト

そして最後に、『神倭伊波礼毘古命カムヤマト、イワレビコノミコト:通称イワレビコ』です。

3男の『御毛沼命ミケヌノミコト』は海を越えて『常世の国とこよのくに』へ渡ります。次男の『稲氷命イナヒノミコト』は母『たまより姫』の生まれ故郷である ”海原” に行きました。

さて、お話はここから『イワレビコ』が東を目指す『神武東征じんむとうせい』へと続きます。

凛のトリビアPOINT!

・またまたこのパターンです。
見るなと言われると見たくなる( *´艸`)
『イザナミ』が黄泉よみの国の神にお伺いを立てに行った時も『見るな』と言われていましたよね。そして今回も・・・ 鶴の恩返しでもそうですが、何で我慢出来ないんでしょうか?

・もともとこの世界の神々は何かの化身なわけですよね? 海だったり山だったり。それがなぜさめだけ恐れられるんでしょうか、差別を感じます。それにしても出産中の妻を置いて逃げる夫、生まれたての子を置いて帰る妻・・・残念です。

・ところで『会えずのみこ』を養育するために来た妹『玉依毘売たまよりひめ』もさめじゃん!って思いませんでしたか? まぁ、さめなんですけどね。

・『常世とこよ』というのは、以前、『大国主オオクニヌシ』と共に国造りをしていた『スクナヒコ』も道半ばで帰っていった場所ですよね。

『日本神話』において、この『常世とこよ』という扱いは非常にモヤ~っとしているんですよね。常世とは「永遠に変わらない神域」「死後の世界(黄泉よみの国を含む)」「海の遥か彼方かなたにあるとされる不老不死の理想郷」みたいな意味があるんです。
“じゃあ、どこなの?”ってなりますよね。
そこに行ったということは「=亡くなった、消息を絶った」という使われ方だと思っています。詳細は、この後の『神武東征じんむとうせい』で書かせていただきます。

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(本文)
『神武東征』

伊波礼毘古命(イワレビコ)』と兄の『五瀬命(イツセのみこ)』は、「どうすれば、穏やかな政治を行うことが出来るだろうか?」と、この先の “国造り” について話し合います。
天孫が降臨して随分と長い時間が経ったのに、世の中は未だまとまらず、遥か遠くの地では自分たちの一族、つまり『天津神あまつかみ』の恩恵を受けていない(力が及んでいない)と考えていたのです。

実際に、遥か遠い地域では、「君」の治める小国があり、「長」が治める村があり、お互いに争い合っていました。

そこで、『イワレビコ』は「ここより遥か東に『うまくに』(良い場所)があり、そこは青い山々に囲まれていて、遠い昔『天磐船アメノいわふね』に乗って天から降りてきた者が住んでいると聞いた。この日向ひゅうがの地を出て、東に行こう」と言い出しました。

『イワレビコ』の一行は船に乗り、まずは筑紫つくしの国を目指すことにしました。
道中、『豊国(大分)』の『宇沙うさ』に着くと、土着どちゃくの神『うさつ彦』と『うさつ姫』は歓迎し、大いに “もてなし” ました。それから筑紫の『岡田宮おかだのみや』に到着し1年を過ごします。

そこから『阿岐国あきのくに(安芸あき=広島)』で7年を過ごします。またそこから『吉備国きびのくに:岡山』の『高嶋たかしまのみや』で8年を過ごします。
再び、東の国を目指して船の旅が始まります。

航海の途中、亀の甲羅に乗って釣りをする神に出会いました。その神は『国津神くにつかみ』であると名乗り、『イワレビコ』に仕え、道案内をすることになりました。『イワレビコ』はその神に『棹根津日子さおねつひこ(竿ねつ彦)』という名を与えました。『竿ねつ彦』は、『倭国造やまとのくにのみやつこ』の始祖となります。

浪速なにわの渡』を通り、『白肩津しらかたつ』まで来て停泊していると、『登美とみ』の『』が兵を率いて襲い掛かってきましたが、船に積んでいたたてを持って応戦しました。

その時、空から金色のとびが飛んで来て、『イワレビコ』の弓にとまると、まばゆい光を放ち、『』の兵たちは目がくらみ、撃退することができました。この鳶は『金鵄きんし』と呼ばれます。

『金鵄の光で怯む那賀須泥毘古 軍』イメージ

戦いの最中、兄の『イツセのみこ』は敵の矢を手に受けて『痛矢串いたやくし』(矢が刺さった傷)を負ってしまします。そして、「自分は日の御子なのに太陽に向かって戦ってしまった。今後は太陽を背に戦いに臨もう」と反省します。

言葉通り南に回り、『血沼池ちぬまいけ』で流れた地を洗い、再び反撃に打って出ます。しかし『イツセのみこ』の傷は思ったより深く、雄叫びを上げて善戦しましたが、遂に紀伊国きいのくにの『男乃水門おのみなと』で戦死してしまいます。『イツセのみこ』は紀伊国きいのくにの『竈山かまやま』にほおむられました。
『日本神話はこんなお話です』へ

『イツセのみこ』を失いつつも『イワレビコ』の一行は『熊野村くまのむら』までたどり着きます。熊野くまの土着神どちゃくかみの呪術にかかり、一行は病んでしまいました。同じ頃、熊野に住んでいた『熊野くまのの高倉下たかくらじ』不思議な夢をみました。天上界の神々が倒れた『イワレビコ』について、どうすべきかを話し合っている夢でした。

夢の中で『アマテラス』という女神が、『ミカズチ神』という武の神に対し、地上界に降りて『イワレビコ』を助けるように命じています。そう言われた『ミカズチ神』は「私が降りずとも、(私が)地上界を併合へいごうした時に振るった『剣』を地上へ降ろしましょう。そうすれば、平らかに治まりましょう」と進言していました。

不意に『ミカズチ神』は夢を見ているはずの『たかくらじ』に語りかけます。「この剣は『布都御魂フツのみたま』と言う、これをお前の蔵裏に降ろすので、それを天津神あまつかみ御子みこ(イワレビコ)に献上するのだ」と。

翌朝『たかくらじ』が目覚めると、天から落ちてきたであろう『剣』が蔵の床に刺さっていました。『たかくらじ』は夢で『ミカズチ神』に言われた通りに、剣を抜き取って、『イワレビコ』に献上しました。『イワレビコ』が剣を振るうと、病は去り、一行は再び東へ向け進撃します。
この『布都御魂フツのみたま』の剣は『石上神宮いそのかみじんぐう:奈良県天理市てんりし』にまつられています。

『神武天皇御東遷画 高倉下神剣献上図』橿原神宮所蔵

熊野村くまのむらから東に向かうには、非常に険しい山々を抜けなければなりませんでした。『イワレビコ』の一行はまったく進むことができず困っていると、今度は『イワレビコ』の夢に『アマテラス』が現れます。「今から私が『八咫烏ヤタガラス』をつかわすので、その案内に従えば、山を超えることができるだろう。」と夢の中で語りかけました。
夢での「お告げ」の通りに天から大きなカラスが飛来しました。この様子を見て『イワレビコ』は「夢でのお告げの通りに八咫烏やたがらすが現れた、私はやはり天に守られているのだろう」と言い、八咫烏やたがらすの案内に従い、無事に熊野の山を越えることが出来ました。

『八咫烏に導かれる神武天皇』(安達吟光画)

一行は吉野を抜け『宇陀うだ』にたどり着きます。この地のは土着どちゃくの『兄宇迦斯エウカシ』『弟宇迦斯オトウカシ』という神がいます。『イワレビコ』は使者をつかわして、服従すか戦うかを確認させましたが、『兄ウカシ』は従う振りをして、歓迎の御殿を建て、密かに罠を仕掛けてイワレビコを誘い込みます。
ところが『イワレビコ』が御殿に迎え入れられようとしていた時に、『弟ウカシ』が罠であることを密告します。
『イワレビコ』の家来は『兄ウカシ』に矢や矛を向け、「まずはあなたが御殿に入り、御子に仕える姿勢を示せ」と迫ります。追い立てられた『兄ウカシ』が御殿に入ると自ら仕掛けた罠で命を落としてしまいました。

忍坂オサカ:奈良県桜井市さくらいし』あたりに差し掛かると、『土雲ツチグモ』という屈強くっきょうな集団が立ちふさがりました。その長である『八十健やそたける』を説いて宴席を設け、兵の一人ひとりにに料理人を付け御馳走ごちそうを振舞いました。『イワレビコ』の用意した料理人はそれぞれに刀を忍ばせて、歌が詠まれたら一斉に斬りかかるように命令を受けた家来たちでした。宴もいよいよ盛り上がってきたころ、誰ともなく歌がまれます。歌が終わるやいなや、料理人に扮した家来たちが一斉に斬りかかり『ツチグモ』を倒してしまいました。

そして、とうとう長い間目指してきた東の地『うまくに』に、たどり着くことができました。そこには、その昔『天磐船アメノいわふね』に乗って天から降りてきた者と言われる『邇芸速日命(ニギハヤヒ命)』がいました。『ニギハヤヒ』も天から降りてきた『天津神あまつかみ』ではありましたが、『アマテラス』の加護かごを受けた者(アマテラスの直系の子孫)であると知り、天津神あまつかみの証である『宝』を『イワレビコ』に献上して仕えることになりました。

ニギハヤヒ命』は物部氏の始祖となります。

『イワレビコ』は、その後 ”荒ぶる神” を平定し、『畝火うねび』に天に届く程高い宮殿を立て、1月1日の『初代天皇』として帝位につきました。その後、子々孫々天下を治めることとなりました。
うまくに』は青い山々に囲まれた国『山門やまと(大和)国』、宮殿は『橿原宮かしはらのみや橿原かしはらじんぐう』と呼ばれます。

こうして、九州の日向を出て、長い年月を掛け、数々の戦いを制して、大和の国で『初代天皇』として即位したのが『神倭伊波礼毘古命カムイワレビコ』こと『神武天皇じんむてんのう』です

「月岡芳年」作「大日本名将鑑」より「神武天皇」

そして日本神話は『神代』から『天皇家』を中心とした「現人神あらひとがみ」の時代へと進んでいきます。

凛のトリビアPOINT!

【神々の足あと】
以前にも書きましたが、イワレビコが元々いた「日向ひゅうが」という地名は、現在の地区感覚とは微妙に違っています。ただし、東に向かう途中で大分がある点と、ここまで高千穂たかちほを中心とした位置設定でしたので、やはり『宮崎県』あたりだと思います。『熊本』という意見もあり、こちらもなかなか有力な説になっていますね。

・東にある『美し国うましくに』は、奈良の大和地方ですね。今後、大和朝天皇の時代では、ここが日本の中心となっていきます。

・『神武天皇じんむてんのう』が九州から大和を目指し、東進し平定していった軌跡きせきを『神武東征じんむとうせい』と言います。

・『神武天皇じんむてんのう』という名は『おくり名』と呼ばれ、死後、天皇の功績を称え与えられる名前です。ですので、正確には東征をはじめ、統治に関しても『神武天皇じんむてんのう』として行ったわけではありませんし、もちろん、自らを『神武天皇じんむてんのう』と名乗ることもありませんでした。
ちなみに現在、在位中の天皇のことを総称して『今上天皇きんじょうてんのう』と呼びます。

・道中で “もてなしを受けた” “○○年暮らした” というのは、旅行感覚ではなく、国(権力者)を掌握するための争いや政治的な活動をしていたということです。つまり広島・岡山の中国地方を従わせるのに15年掛かったということを表現しています。

【神々の足あと】
『豊国』の『宇沙うさ』は現在の大分県宇佐市うさしです。また、その後1年を過ごしたとされる『筑紫つくし』は現在の福岡県の「筑紫野市ちくしのし春日市かすがし大野城市おおのじょうし太宰府だざいふ市・那珂川町なかがわちょう」あたりの地域を指しています。その筑紫国つくしのくに岡田宮おかだのみや」には現在「岡田神社おかだじんじゃ」が鎮座しています。

・さてさて、この『神武東征じんむとうせい』あたりから神話本文中にも「人」という表現がちらほら出てきます。ただ、絶対的な『神』に対しての『人間』という、ハッキリとした区別ではなく、神であり、人であるというボヤ~としたイメージです。例えば『竿ねつ彦』は「亀の甲に乗りて、釣りしつつ来る人」と書かれています。でも自ら『国津神くにつかみ』と自己紹介しているので、どちらでもあるんですよね。絶対的な「人間」が出来るのは、もう少しあとのようです。

【神々の足あと】
・『浪速の渡』=大阪湾あたり。
・『白肩津しらかたつ』=東大阪市ひがしおおさかし日下くさか(昔はもっと海に近く、船着き場があった)
・『登美とみ』=奈良市富雄町とみおちょう =『生駒山いこまやま』のことを指しています。

・『ナガスネ彦』との闘いの際、あえて、物語に『たて』と書いたのには、何か意味があるのでしょうか。剣は以前からありましたが、確かに防具としての「たて」は初登場です。この頃から使われ始めたと考えるのは、ちょっと無理がありますよね。その原型というか、簡易的なものはずっと前から存在していたと思いますから・・・呪術的な、宗教的な意味があったのではないかと考えています。

【神々の足あと】
紀伊国きいのくには現在の「和歌山県」あたりです。『イツセのみこ』が埋葬された『竈山かまやま』には現在『竈山神社かまやまじんじゃ』が鎮座しています。

・『八咫烏ヤタガラス』はサッカー日本代表のマークにもなっていて、ユニフォームなどで見たこと、聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

『八咫烏と代表マーク』イメージ

八咫烏ヤタガラス』は ”3本足” というイメージを持たれている人も多いと思いますが、実は日本神話にはそんな記述は一切ないんですよね。3本足というイメージはもう少し後の平安中期になってからですね。

『日本神話』では、このカラスに導かれ和歌山から奈良に抜ける険しい山を抜けただけではなく、橿原かしはらに至るまでの道案内をしました。いうなれば、神武じんむ東征とうせいの立役者でも重要な位置づけでもあるんです。

【神々の足あと】
この『八咫烏ヤタガラス大神』は『熊野本宮大社くまのほんぐうたいしゃ』におまつりされています。熊野本宮大社くまのほんぐうたいしゃの主祭神は『スサノオ』なんですが、それをはるかに凌ぐ『八咫やたがらすしです。すべてカラス尽くし、熊野という地域を挙げてのカラスフィーバーと言っても過言ではありません( ´艸`)

【神々の足あと】
この他にも、奈良県宇陀市うだしに『八咫烏やたがらす神社』があります。ここは神話にも描かれている『宇陀うだ』での『兄ウカシ』と『弟ウカシ』との一件でも八咫烏やたがらすは活躍していて、それにちなんだ神社なんです。

・『邇芸速日命ニギハヤヒのみこと』は『天磐船アメノいわふね』という『空飛ぶ乗り物(一説には古代人が見たUFOとも 笑』に乗って天から降りてきたことから、空の神様、航空安全の御利益などとも言われています。

・『日本書記』には「饒速日命ニギハヤヒのみこと天磐船アメノいわふねに乗りて大虚おおぞら翔行とびいききて、このくにをみて降りたまふに いたる。ゆえりて、なづけて「虚空見日本国そらみつやまとのくに」といふ」と記されています。

つまり『ニギハヤヒ』が空飛ぶ船に乗って天から降りてきた時に、地上の国を見て『空に見つ大和』と言ったとされていて、”空から見たらこの地にピンときたよ!だからここに降りて国を造ろうと考えた” という逸話いつわがあるんです。

【神々の足あと】
大阪府交野かたの市にある『磐船いわふね神社』には、「ニギハヤヒ」が乗って天から降りて来たとされる『天磐船アメノいわふね』という巨岩がまつられています。船の ”先っちょ” にも似た「反った形」がいかにも飛びそうなんです。

・スタジオジブリ(宮崎駿みやざきはやお監督)の『せん千尋ちひろ神隠かみかくし』では、『ハク』というキャラクターの正体は(本当の名前は)『饒速水小白主ニギハヤミ・コハクヌシいう川の神様でした。両者に直接の関連はなさそうですが、『ニギハヤヒ命』をイメージした名前であるのは間違いなさそうですよね。

・この『神武東征じんむとうせい』では ”仲間になるフリ” 作戦を、土着どちゃくの神もイワレビコもけっこう使いますよね。『兄ウカシ』や『ツチグモ』一族との闘いです。でも物語の主人公である『イワレビコ』がそういう卑怯な手を使うと、なんか残念な感じが・・・します。私は勧善懲悪かんぜんちょうあくが好きなので 笑

・ところで、『イワレビコ』は元々4人兄弟の末っ子でしたよね。
3男の『御毛沼命ミケヌノミコト』は海を越えて『常世とこよの国』へ渡り、次男の『稲氷命イナヒノミコト』は母『玉依姫たまよりひめ』の生まれ故郷である ”海原” に行ったと書かれています。

この記述の本当の意味を、私はこんな風に考えています。
実は、東征には元々4兄弟全員で参加していたのではないでしょうか。船を使った移動や闘いの中で、3男は戦死したか、行方不明になり、『常世とこよ:死者の国』へ行った。次男は海戦で戦死したので、美しく母の故郷である「海の国」に戻ったと表現したのではないか? ・・・と。

ただし、そうだとしたら合点のいかない部分もあります。同じように東征に赴き戦死した長男の『イツセのみこ』だけが、戦死する様子が語られていて、他の兄弟が違う国に行ったというような表現になっているんでしょうね。何か政治的な、大人の事情があったのでしょうか。

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凛のホッと♡一息コラム 『日本神話の七不思議』

こんにちは、凛です。
突然ですが、今、日本は超高齢化社会なんて呼ばれていますよね。おじいちゃんも、おばあちゃんも、元気で長生き!いいじゃないですか♪ 医学の進歩で、平均寿命がどんどん延びて、いまや世界第一位らしいですよ。

ところで『日本神話』でも、この “寿命” については、本当に多く語られているんですよね。
と、いうことで、ここが今回紹介するミステリー、ずばり!凛の『日本神話 七不思議』~寿命編~です!!

これまでも、日本神話を楽しんで頂くために、『謎だぁーっ』と感じたものを私的『日本神話の七不思議』として紹介してきました。
例えば、①『神は生まれるの?それとも産まれるの?』や②『古代人は生命の謎を知ってたの?』とか③『自虐!そのカミングアウト必要???』 などなどですね。

そして、今回コラムで紹介する『七不思議』は、④寿命編。寿命については日本神話の中でも、かなり取り上げられているんですが、「なぜ、こんなにも矛盾した記載が多いの?」って思っているんですよ。

そもそも日本神話の中に、(殺されるとかは別として)『寿命』という概念が出来たのは、『イザナギ・イザナミ』による『黄泉比良坂よもつひらさか』での夫婦喧嘩の最中に「毎日1000殺す」、「じゃあ毎日1500誕生させる!」と言い争ったせいでしたよね。

『黄泉平坂で言い争う2人』イメージ

この寿命という “呪い” が及ぶのは誰なのか?
日本書記にほんしょき』では『汝所治国民』つまり、「あなたが治める国の民を」となっています。
一方で『古事記こじき』では『汝の国の人草』と書かれていて、“人草” とは同じく “人々” という意味ですから、対象は国民なのでしょうか?
そうすると、こんな疑問が生じます。この時点ではまだ『人間』という存在(記述)はなく、火の神だとか、木の神だとか、いわゆる『八百万神やおよろずのかみ』がいて、“それ” をまとめているのが『イザナギ』だったんですよね。

結論として、寿命という “のろい” を背負わされたのは、イザナギを含めた全員なのか、配下の神々だけなのか? それとも神格のない、一般的な鳥や魚や獣や植物などの動植物を指すのか? ここが最初のミステリーなんです。

次に、イザナギの遠い子孫である『ニニギ』の頃の話です。
『ニニギ』が好みに合わない『イワナガ姫』を『ワタツミ神』に返した結果、怒りを買い『誓約うけい』=まじない(呪術)によって「是を以ちて、今に至るまで、天皇命等の御命長くまさざるなり」つまり、子孫までもが短命になったと書かれています。
「あぁ、寿命はあるものの、さすがに神(天皇家)の家系は普通より長生きだったんだなぁ。それが、ようやくここにきて『私たちみたいな人間レベル』の寿命になってきたのかぁ」と思ったんです。「短命=普通の人間並み)って。

ところがですよ!『ニニギ』の子、『火遠理命ホオリのみこと山幸彦やまさちひこ』は裏切ってしまった妻『豊玉姫とよたまひめ』を思い「高千穂たかちほの宮に伍佰捌拾歳坐しき」つまり、580歳まで生きたと書かれているんです!

『えっ!?』って思いませんか? 寿命があって、短命になったって、言ってましたよね!? 忘れちゃった?それとも短くなって580年ってこと!? って軽くパニックになるわけです。

この緩~い感じが、この物語のいいところなんですけどね。ではまた次の七不思議も、どうぞご期待くださーい(*‘∀‘)

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