日本神話を簡単にまとめると?②


こんにちは、凛です。

前回までは世界のはじまり~スサノオ追放までを紹介しまいた。

ここからは追放されたスサノオが地上へ降り立つところからお話が始まります。さてさて、お話はどんな展開を見せるのでしょう。それでは早速いってみましょー(*’▽’)

『日本神話 ショート・ショート』

追放され、『葦原中国あしはらナカツクニ:地上界』に降り立った『スサノオ』。でもその前に、『三貴神さんきしん』のもう1尊、『月読命ツクヨミ』のお話をしましょう。

時間を少しだけ巻き戻して、三貴神さんきしんがそれぞれ『天界』『夜の国』『大海原』の統治をしはじめた頃のお話です。

(本文)
昼と夜の決別

『夜の国』を統治していた『月読命ツクヨミ』に、『アマテラス』が命じます。
「地上界に『保食神ウケモチ』という神がいるので、会って様子を見てきてください。」
命じられた『月読命ツクヨミ』は地上界へおりて、『保食神ウケモチ』に会います。
保食神ウケモチ』は海の幸、山の幸といった食べ物を口から次々と出し、料理をしては『月読命ツクヨミ』に差し出します。ところが『月読命ツクヨミ』は、『保食神ウケモチ』のそんな様子に「汚らわしい!」と怒り、剣で切り刻んでしまいました。

ことの一部始終を『アマテラス』に報告すると、『アマテラス』は大いに怒りました。『保食神ウケモチ』に対して? いえいえ、『月読命ツクヨミ』に対して激怒したんです。

月読命ツクヨミ』を『悪神』と呼び。『顔も見たくありません』と言い放ちます。
それ以降、昼と夜は完全に分かれ、地上界は、昼と夜を交互に繰り返すようになりました。

その後、『アマテラス』は第二の使者として、『天熊人アメノくまひと』を再び、つかわせましたが、残念なことに『保食神ウケモチ』は既に亡くなっていました。

しかしその亡骸なきがらからは「頭にあわ」「眉からカイコ」「眼にはヒエ」「お腹からはいね」、その他「麦」「大豆」「あずき」「馬」「牛」と、本当にたくさんの ”実り” の元(種)が生えていました。
『くまひと』は、それらを全て天上界に持ち帰り、『アマテラス』が作った田畑『天挟田アマノさなだ』に植えると、見事に豊作となりました。カイコ絹糸きぬいとを生み、養蚕ようさん(カイコを育て、きぬを得ること)が、できる様になりました。
アマテラス』は「これで、多くの者が生きていける食料が得られるでしょう」と言って、大いに喜んだそうです。

凛のトリビアPOINT!

五穀ごこく誕生の“くだり”ですが、私は『日本書記にほんしょき』の記述を基に紹介しましたが、一方で『古事記こじき』では『月読命ツクヨミ』ではなく『スサノオ』がしでかした悪事と記述されています。古事記こじきベースでは『月読命ツクヨミ』は全編を通して、まったくと言っていいほど記述がない「忘れられた存在」なんですよね。
何の功績こうせきも罪も無く、もちろん「昼夜決別ちゅうやけつべつ」の話も、一切出てきません。良く言えば『クール』? まさに月のように、ひたすら静かな存在なんです。
いずれにしても両記を併せて、ほとんどエピソードの無い『月読命ツクヨミ』。そんな神の本当に数少ないエピソードでした 笑

・『保食神ウケモチ』は女性神です。古事記こじきでは『大気津比売神オオゲツ姫のカミ』というまったく違う名前で書かれていますがこちらも女性神です。「斬られて亡くなる」という運命は変わりません。

異なる点と言えば・・・ 「スサノオ」に斬られることと、こっちは口だけでなく、“鼻やお尻からも食べ物が出てた”ということですかね? もっとも、こちらは腹を空かせた『スサノオ』に頼まれて、「おもてなし」をしてあげたのに、食文化が違うというだけで殺されてしまった悲しい話なんですけどね。

・食べ物に付着して腐敗させたり、食あたりをさせる『悪い菌』を『オオゲツ姫』で表現して、『スサノオ』はそれを退治したんだっていうヒーロー説もあります。
日本書紀にほんしょき』では『月読命ツクヨミ』は『アマテラス』に大目玉を食らいますが、一方で『古事記こじき』には『スサノオ』はこの件に関して、一切おとがめなしという書き方なので、ヒーロー説もあながち嘘ではないかもしれません。

・『天熊人アメノくまひと』は天上界の「料理の神」とされています。

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さて、話は再び『スサノオ』追放まで戻ります。

(本文)
八岐大蛇ヤマタノオロチ

スサノオ』は出雲いずもの『肥川ヒノカワ』の上流にある『鳥髪とりかみ』という地を訪れました。
すると上流から、『はし(食事をする、おハシ)』が流れてくるのに気付きます。「人が住んでいるのか」と思い、川をのぼっていくと、おじいさん、おばあさんと「少女」が泣いていました。

スサノオ:「あなたたちは誰か?」
老夫:「私たちはイザナギとイザナミの子『大山津見神おおやまずみ』の子(つまり2神の孫)で私は『足ナヅチ』、妻は『手ナヅチ』、娘は『櫛名田比売クシナダヒメ』といいます。』

スサノオ:「なぜ、泣いているのか?」
足ナヅチ:「私たちには元々8人の娘がいましたが、『高志たかし』から『八岐大蛇ヤマタノオロチ』が来て、毎年食べられてしまいました。」

足ナヅチ:「そして、今年も間もなく ”オロチ” がやって来ます。なので泣いていたのです。」
スサノオ:「オロチはどのような姿なのか?」
足ナヅチ:「『鬼灯ほうずき』のように目が赤く、8つの頭と8つの尻尾しっぽをもっています。大きさは山谷8個ほどもあり、背には森が生え、腹は血がしたたっています。」

スサノオ:「では、私が娘をもらい受けましょう。」
足ナヅチ:「恐れいりますが、あなたのお名前は・・・」
スサノオ:「私は、『アマテラス』の実弟、今しがた天上界より降りてきた」
足ナヅチ:「そのような格貴かくたかい神とは。では恐れ多いことですが、娘を差し上げましょう」

そうして、『スサノオ』は『櫛名田比売クシナダヒメ』を『クシ』に変え、くくった髪に挿しました。2人には垣根かきねに8つの門を作り、それぞれに『酒』をたるに入れて待ち構えているように指示しました。

しばらくすると、『八岐大蛇ヤマタノオロチ』が娘を食べにやって来ました。酒に気付いた『オロチ』は酒を飲み干すと、そのまま酔いつぶれて寝てしまいました。

そのすきに『スサノオ』は持っていた剣でオロチを切り刻んでしまいます。尻尾しっぽを切ろうとした時、オロチの体内にある「何か」にあたって剣の刃が欠けてしまいました。尻尾の中に入っていたのは特別な剣でした。『スサノオ』はその剣を『アマテラス』へ献上します。
これは『草薙剣くさなぎのつるぎ』と呼ばれます。

この一件を機に『スサノオ』は、この『出雲いずもの国』に御宮を作る場所を探し始めました。とある地にたどり着いたとき、あまりの心地よさに「なんて清々すがすがしいのだろうか」と言い、この地に御宮を建てました。この地は後に(スガスガシイ=)『須賀すが』と呼ばれるようになりました。

御宮が建つと、そこから雲が大きく立ち昇っていきました。この様子を見て、『スサノオ』は歌をみあげました。

【読み下し】
八雲やくもつ 出雲いずも 八重垣やえがき 妻籠つまごみに 八重垣やえがき作る その八重垣やえがきを 』

スサノオ』は『足ナヅチ』に御宮を託し、『稲田宮主イナダのミヤヌシの須賀スガ之八耳神のヤツミミのカミ』の名前をさずけました。

その後、『櫛名田比売クシナダヒメ』との間にできた神が『八島士奴美神やしまジヌミのカミ』です。

さらに、その後『スサノオ』が『大山津見神おおやまずみ』の子『神大市比売かむオオイチヒメ』を妻に迎え、できた神が『大年神オオトシカミ』と『宇迦之御魂神ウカのミタマのカミ』です。

また、『櫛名田比売クシナダヒメ』との間の『やしまジヌミ』が、『大山津見神おおやまずみ』の子『木花知流比売このはなチルヒメ』と結婚して子をもうけます。

こうして、代を重ね、『大国主神オオクニヌシのカミ:通称オオクニヌシ』が誕生します。

凛のトリビアPOINT!

・『鳥髪とりかみ』は現在の島根県と鳥取県の境にある『船通山せんつうざん』のことを指しています。この『船通山せんつうざん』は昔『鳥上とりかみ』と呼ばれていました。この山から流れ降りる川が『肥川ヒノカワ』、現在の『斐伊川ひいかわ』にことです。

・おはしは『小野妹子おののいもこ』が『とう(中国のこと)』から伝えたものを、『聖徳太子しょうとくたいし』がすごく気に入っちゃって、国策として広めたという説もあります。それからおはしが全国レベルまで普及した頃に、日本神話が作られはじめます。

・『ヤマタノオロチ』がやって来る『高志たかし』は、現在の新潟県(一部福井も含む)のことです。

・『櫛名田比売クシナダヒメ』は『稲田いなだ(つまり稲)』の神です。そのため後に『櫛名田比売クシナダヒメ』が住む御宮は『稲田いなだみや』と呼ばれます。

河川整備(治水ちすい技術)の脆弱ぜいじゃくな当時、この『稲作』の大きな脅威のひとつに『洪水』がありました。『ヤマタノオロチ』は『洪水』を表し、稲田(ヒメ)を飲み込む様子を描いているのではないでしょうか。「毎年来る=季節ごとに毎年」と考えると納得できますね。八つの山谷を縫うように流れる川=オロチ。それが暴れる=洪水です。

・オロチの体から出てきた剣『草薙剣くさなぎのつるぎ』は以前岩戸隠いわどかくれ』の際、『アマテラス』を誘い出すために作られた『八咫やたの鏡』『八尺瓊勾玉やさかにのまがたまと併せて『三種さんしゅ神器じんぎ』と呼ばれ、代々、天皇家(皇室)に伝わる家宝とされています。

・清々しい=スガスガしい=スガ=須賀すがとなるのは言葉遊びです。『スサノオ』が日本で初めてんだ(ことになっている)和歌も『八雲やくも』『八重やえ』でたくみにいんを踏む言葉遊びをしていますよね。「ダジャレ」は太古の昔から日本人に親しまれてきました。

そんな中で、とても ”あの” 『スサノオ』がんだとは思えない美しい歌が出てきましたよね。少しだけ見る目が変わります。歌の意味を解説しますね。

【意味】雲が幾重いくえにもなって登っていくよ。八重やえつらなって綺麗だな。
そうだ!妻のこもる、この御宮に八重垣やえがきを作ってみようかな。あの雲のような素敵な八重垣やえがきを。

どうですか? ちょっとだけ『スサノオ』に対するイメージが良くなりましたか?

・ところで、次に結婚した『オオイチ姫』との子、『大年神おおとしがみ』は、いわゆる『年神としがみさま』と呼ばれる神で、正月に門松かどまつを立てお迎えする神のことです。また『宇迦うがのミタマのカミ』はいわゆる『稲荷いなりさん』のことですね。

・『大山津見神おおやまずみ』は「大山=住み」という意味で、もちろん山の神です。日本神話では山・海などは、とても大切な位置付けです。この神は『イサナギ・イザナミ』の2神から生まれた神です。

・さて、この『大山津見神おおやまずみ』は、一説には当時の ”有力な豪族ごうぞく” のことを神に見立てて表現していると言われています。その時代の日本は ”複数の” 有力な豪族ごうぞくが小国を作り、連合国のような形で日本という国を形成していたんだと考えられています。

・そして豪族が、権力をより強固なものにしていくために、豪族ごうぞく同士が娘を嫁に出すという「政略結婚せいりゃくけっこん」が盛んにおこなわれたと言います。神話にも『スサノオ』と『大山津見神おおやまずみ』の一族が複雑に絡み合う描写が記述されています。というか訳の分からないことになっていますよね。

大山津見神おおやまずみ』の孫『櫛名田比売クシナダヒメ』と結婚し、生まれた子が『大山津見神おおやまずみ』の娘と結婚する。そして『スサノオ』はさらに『大山津見神おおやまずみ』の別の娘と結婚し・・・とまぁ、節操せっそうがないというか、見境みさかいがないというか、現代人には理解できませんよね。

・この頃の豪族ごうぞく一夫多妻いっぷたさい制でした。でも男尊女卑だんそんじょひという訳ではありませんでした。むしろ、男尊女卑だんそんじょひの考えは、だいぶ後の時代になってからの話です。その証に『アマテラス』は最高神でありながら女性ですし、持統天皇じとうてんのう推古天皇すいこてんのうなどの女性天皇も数多く存在しています。

そもそも夫婦の間に生まれた子は、通常、母親方の家で育てられました。(夫はもちろん別居)。そのため ”子” にとっては母親の『家』、つまり母方の祖父の影響がもっとも強く、それは父親以上であったとも言われています。

男尊女卑だんそんじょひどころか、女性の立場は高く「子供が出来たら男は用済み、だから男は一夫多妻いっぷたさい?」みたいな構図も自然に受け入れられていました。妻のヤキモチも、勿論もちろんありましたけどね( ´艸`) まぁ、”やんごとなき人々”のお話です。

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(本文)
『因幡の白兎』

大国主神オオクニヌシのかみ:通称大国主オオクニヌシ』には『オオナムチ』『ヤスハラシコオ』など5つもの名前(役割)がありました。

さて、『大国主オオクニヌシ』が、まだ『オオムナチ』なんて呼ばれていた頃のお話です。

『オオムナチ』には80もの兄弟『八十神やそがみ』がいました。兄弟たちは国の仕事を『オオムナチ』に押し付けていました。その理由は、、、因幡いなばの美しい女神『八上比やがみひめ売:通称ヤガミ姫』に恋焦がれ、それどころではなかったからでした。

兄弟は求婚をしようと因幡いなばに行くことにしました。そこで『オオムナチ』に袋(旅の荷物)を背負わせて、”付き人”のように連れていきました。

そして、道中『気多けた』という場所を通り掛かった時、皮をがされた『うさぎ』が倒れていました。『八十神やそがみ』たちは、息も絶え絶えの「うさぎ」を見てイタズラをします。皮がなく痛がる兎に「海の水で体を洗い、風に吹かれて、高い山の上で横になっていなさい」と教えます。うさぎは言われるがまま海に浸かり、風で乾かし、横になっていましたが、状態はますます悪化し、皮膚はひび割れ、あまりの痛さに泣いていました。

一番最後に通り掛かった『オオムナチ』が兎を見て尋ねます。

オオムナチ:『なぜ、お前は倒れて泣いているんだ?』
:「私は『隠岐おきの島』にんでいましたが、ここに渡るために海の『和邇ワニ』に ”どちらの一族が多いのか” 勝負しよう。向こう岸まで横に並べば私があなたたちの上を渡りながら数を数えましょう、とだましました。そして渡り終える直前に、(嬉しくなって)和邇ワニだましたことを明かしました。すると最後の和邇ワニに捕まって、皮をがされてしまいました。そして泣いていた時に『八十神やそがみ』に教えられた通りにしたのですが、更に傷が悪化してしまいました」

オオムナチ:「すぐに川の水で傷を洗い、蒲黄ガマを敷いて横になりなさい。そうすれば必ず回復するでしょう」

兎は再び教えられた通りに水で洗い、蒲黄ガマを敷いて横になりました。すると、傷は見事に癒えたのでした。
これが『因幡いなば白兎しろうさぎ』です。

凛のトリビアPOINT!

・『因幡いなば』は現在の鳥取県東部の日本海沿いの地名です。

・『和邇ワニ』はもちろん日本にいない動物です。なので海のワ二=さめと考えるのが自然ですよね。でも、もう少し後にも和邇ワニが出てくるのですが、『腹ばいで(蛇のように)動く』とも書かれているんですよね。こう考えると『ワニ』のような気がします。「象」とかばくとか麒麟きりんの様に外国の動物とそれを伝え聞いた人々が想像で作った『空想上の動物』かもしれません。

うさぎんでいた『隠岐おきの島』は島根県の『隠岐おきの島』なのか、単に ”沖合に浮かぶ島” という意味なのかは決着がついていません。ちなみに隠岐おきの島は『イザナギ・イザナミ』の2神が生んだ『大八島おおやつしま』のうち淡路・四国についで3番目に生んだ島です。

一方で『気多けた』が現在のどこを指すのかもハッキリとは分かっていません。ただ、鳥取市には白兎海岸はくとかいがん白兎神社はくとじんじゃ、境内にはうさぎが身体を洗ったとされる池『御手洗池みたらしのいけ』などがあります。また白兎神社はくとじんじゃが鎮座する場所はかつて丘があり「身千山」と呼ばれ、兎が蒲黄がまを敷いて傷をいやした場所だという言い伝えもあります。

蒲黄がまは漢方では「擦り傷」や「切り傷」に効く薬草として知られています。この当時から効能を考えた薬や毒が認知されていたんだなぁと感心してしまいます。

このことからも、オオムナチは医療(と呼べるレベルかはわかりませんが)治療の神としても力を発揮していきます。

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(本文)
大国主神オオクニヌシのカミ

助けてもらったうさぎは、「あなたの兄弟は『ヤガミ姫』とは結婚できません。あなたが結婚をするでしょう」と予言します。

結果は、その通りのものとなりました。『ヤガミ姫』は「あなたたちの言うことは聞きません」と兄弟たちの求婚を断り、『オオムナチ』と結婚すると言いました。

これに腹を立てた兄弟たちは、共謀して『オオムナチ』を殺そうとします。『伯伎国ほうきのくに』の手間山に誘い出し、『オオムナチ』にこう言います。

兄弟:「この山に赤いいのししんでいる、私たちが追い立てるので、お前は待ち伏せて捕らえるのだぞ。取り逃がしたら、お前を殺すぞ」

命じられた『オオナムチ』は、赤い猪が来るのを待ち構えていました。

ところが兄弟たちは、大きな岩を赤くなるまで焼き、『オオムナチ』めがけて蹴落けおとしました。転がって落ちてくる焼けた大岩に当たり、『オオムナチ』は死んでしまいました。

『オオムナチ』が死んだことを知った「母神」は嘆き悲しみ、天上界のにいる『造化三神ぞうかさんしん』のうちの1尊『神産巣日之命カミムスビのみこと(神結かみむす)』に助けを求めました。『神結かみむすび』は「キサ貝(赤貝)」の女神と「はまぐり」の女神を遣わせて、蘇生させます。

その後も兄弟は『オオムナチ』の命を狙い(※実は再度殺され、再び蘇生している)、母神が滅ぼされてしまうことを心配して、(ご先祖である)紀国きのくにの『大屋毘古神オオヤビコのかみ』のもとにオオナムチを送り、かくまいました。

それでもまだ、兄弟たちの執拗しつような追跡は止みません。とうとう『オオヤビコ』のもとにまで押しかけ弓矢を構えて、かくまっている『オオムナチ』を差し出すように迫ります。

『オオヤビコ』は「『の国(黄泉よみの国)』には『スサノオ』がいらっしゃる。会えば必ず良い考えを授けてくれよう」と言って、「木のうろ(樹に開いた穴洞)」から、『オオムナチ』を『の国』へ逃がします。

『オオムナチ』が『スサノオ』のもとを訪ねていくと、娘の『須勢理毘売(スセリ姫)』が出てきてました。2神は目が合った瞬間にかれ合い、結婚してしまいます。

そして、父である大御神『スサノオ』に『うるわしき神が来ましたよ』と言って紹介します。『スサノオ』は神通力じんつうりきによって既に『オオムナチ』を知っていて、「あれは『葦原色許男アシハラシコオ』である」と『スセリ姫』に告げました。

スサノオ』は『オオムナチ』を御殿に招き入れ、『蛇の間』に押し込みます。

『スセリ姫』は蛇除けの『比礼ひれ(布きれ)』を渡します。難なく出てきた『オオムナチ』を今度は『ハチとムカデの間』に押し込みます。これも『スセリ姫』の助けによって ”難なく” やり過ごしました。

『スサノオ』のシゴキはまだ続きます。
今度は野原に矢を放ち、それを『オオナムチ』に取りに行かせます。そして矢を拾おうとすると、四方から火を放ちました。逃げ場を失った『オオムナチ』でしたが、ネズミの助言で土の中に逃げ込みます。

『スサノオ』どころか『セスリ姫』すら死んだと思った『オオムナチ』が焼け跡から出てきて命じられた通り矢を取ってきたことで、ようやく大広間に通されます。

ところが、まだ終わってはいませんでした。今度は(屈辱的な)『スサノオ』の頭に湧いた『シラミ』を取るよう命じます。ところが、『スサノオ』の頭に湧いていたのは「シラミ」どころか『ムカデ』でした。

またしても『スセリ姫』の機転で「ムカデ」に見立てた「赤土」と「木の実」を『オオムナチ』に噛み砕かせて、まるで「ムカデ」を噛み殺している様に見せかけます。『オオムナチ』の健気けなげな姿に『スサノオ』も安心して寝てしまいました。

通過儀礼つうかぎれいどころか「命の危険」すら感じていた『オオムナチ』は寝ている『スサノオ』の髪を大柱に堅く結びつけ、御殿の扉を大岩でふさぎます。そして『スサノオ』の持つ『生大刀イクタチ』、『生弓矢イクユミヤ』、『天詔琴アメノのりごと』を奪い、『スセリ姫』を背負って逃げ出します。

ところが逃げる際に『こと』が木に当たり、大きな音が鳴り響きます。『スサノオ』はその音で驚き、飛び起きます。その勢いで髪を結んだ柱が折れ、御殿の部屋が倒壊します。ですが髪を解いている間に、更に遠くに逃げ急ぎ、ようやく『黄泉比良坂よもつヒラサカ』を出ることに成功しました。

スサノオ』は『黄泉比良坂よもつヒラサカ』まで追い迫りましたが、そこから遥か遠くまで逃げた『娘婿むすめむこ』に向かって大声で叫びます。

スサノオ:「お前が持ち去った大刀たちと弓矢を使えば、お前の兄弟たちを撃退できるだろう。お前は『大国主神オオクニヌシのカミ』を名乗り、『宇都志国玉神ウツシクニタマカミ』として、『スセリ姫』を正妻につけ、『宇迦うか』の山のふもとに立派な宮殿に建てるのだ。」

こうして『オオムナチ』は「根の国(黄泉よみの国)」から帰還し、『大国主オオクニヌシ』となり、国造りが始まるのです。

凛のトリビアPOINT!

・『伯伎ほうきくに』は因幡いなばの隣、鳥取県の日本海側に面した地域です。

・『手間山てまやま』は鳥取県に実在する330m程度の丘です。のちに戦国時代の武将が「お城」を築いた山で、現在は『手間要害てまようがい』と呼ばれています。『天満てま』や『天万てま』といった文字が当てられこともあります。

手間山てまやまふもと赤猪岩神社あかいいわじんじゃが鎮座しています。境内には「結界けっかい」および「しめ縄」で厳重に守られた巨石が2つ並んでいるんですが、実はこの地上に出ている巨石は、その下(地中)に埋められている赤猪岩あかいいわの魔力を封印するための石棺の蓋のようなものなんですって!

霊力が強すぎて『災厄さいやく』を撒き散らすと言い伝えられていて、現在まで硬く封印されているんです。

・ここで出てくる『死』は「半死」とか「仮死」、「瀕死ひんしの重傷」といった意味かもしれません。「滅ぶ」ことを心配しているあたり、こちらが「死」を現すのかもしれませんね。で、なければイザナミすらよみがえれなかったのに何で?と疑問が出てきてしまいます。

・『オオムナチ』の再生の話から、赤猪岩神社あかいいわじんじゃは復活や再起、再盛の御利益があるとして、あがめられています。

女神で表現されている『貝』は、「滋養強壮じようきょうそう」や、病や怪我の「養生ようじょう」に効く食材として古くから食されてきました。

・『根の国』はかつて『イザナミ』が『黄泉津大神よもつおおかみ』として支配していた国ですよね。『スサノオ』が亡き母神の『イザナミ』を想って泣いて懇願した場所でもあります。淡路島幽宮ゆうぐうで余生を送った後、ようやくここに来れたのでしょうか。

・神話に「一目惚れ」が出てきたのも非常に興味深いですよね。神話全体を通して出逢いから結婚、出産まで、かなり事務的に書かれていることが多いので、珍しい話ではないのですが、ここではあえて『目が合って、そのまま結婚した』と書かれているところに運命的な意味を持たせたのでしょうね。

娘婿むすめむこに対しての ”通過儀礼つうかぎれい” のレベルを通り越して『オオムナチ』が「殺される!」と思うぐらい追い込んだ『スサノオ』でしたが、最後は娘の幸せを願うところに深い愛を感じましたね。陰で娘は『オオムナチ』を支えました。まさに ”内助ないじょこう” ですね。

・天上界サイドの『三種さんしゅ神器じんぎ』は「剣・鏡・勾玉まがたま」でしたが、出雲国いずものくにの統治を象徴する三種さんしゅ神器じんぎが『生太刀イクタチ』『生弓矢イクユミヤ』『天詔琴アメノのりごと』です。

『琴を奏でる埴輪はにわ』と『和琴わこと』イメージ

・この章でも「根の国」と書かれているんですが、やはり「黄泉の国」と同じ概念です。

・『根の国』から戻った『オオムナチ』と『スセリ姫』は、山に登って、スセリ姫のかなでる琴を聞きながら、出雲の国造りの構想を練ったと言われています。この山は琴を弾く山ということで『ことびきやま』と呼ばれ、島根県飯石群いいなん町に実在します。そして山頂付近には2尊を祀った『ことびきやま神社』が建っています。

さらに!この山では『天詔琴アメノのりごと』が隠されていると言い伝えられていて、現在でも発掘調査などが行なわれているんですって!もし出てきたらすごいことですよっ(゚д゚)!

・『高天原たかあまはら:天上界』=のちの天皇家。『葦原中国アシハラのなかつくに:地上界』=出雲いずもの大豪族ごうぞく という原型が形成されつつありますね。

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(本文)

大国主神オオクニヌシ』は黄泉よみの国から帰ると、『スサノオ』に言われた通り、『生太刀イクのタチ』と『生弓矢イクユミヤ』であっさりと『八十神やそがみ』たちを退けます。

八十神やそがみたちに命を狙われてまでめとった2番目の妻『ヤガミ姫』でしたが、後から来た正妻の『スセリ姫』のあまりの嫉妬深さに、恐怖を覚え、『大国主オオクニヌシ』との間に生まれた子を木の股(の穴洞)において、故郷の因幡いなばに帰ってしまった。この子は後の『またのかみ』と呼ばれます。

それでも『大国主オオクニヌシ』は「越後えちご」に賢い女神(ヌノカワ姫)がいると聞けば、行って ”歌をんで口説くどき” 、宗像三女神むなかたさんじょしんの長女『タキリ姫』と結ばれたりと、その後も、実にたくさんの妻をめとり、子孫を増やしていきます。

この宗像三女神むなかたさんじょしんの『タキリ姫』との間にできた子(兄)が『阿遅鋤高日子根神アジスキたかひこねノカミ:通称(高日子根たかひこね)』であり、のちに『賀茂かも大神おおかみ』と呼ばれます。そして(妹)『下光比売命シタテルヒメノミコト:通称シタテル姫』です。

さて、出雲いずもの ”国造り” が思うように進まず、思い悩んでいたある日、『大国主オオクニヌシ』が、岬に立っていると、見たこともない異様な ”いで立ち” の神が船に乗って現れます。その神は非常に小さく、手のひらに乗るほどでした。名を聞いても答えず、配下の神々に尋ねても誰も、その者が誰か分かりませんでした。情報通の「案山子かかしの神」に尋ねてようやく『小名毘古那神(スクナヒコナ神)』だということが分かります。

言葉も通じない、様子のおかしい来訪者に困って『造化三神ぞうかさんしん』の『神産巣日御祖命カミムスビのみこと(神結かみむす神)』に相談すると、『スクナヒコナ』と “協力して” 出雲いずもの国を造るように命じられます。『スクナヒコナ』は農業技術を伝えたり、温泉やお酒を広めたり、実にたくましい神でした。ところが、国造りも道半ばで『スクナヒコナ』は常世とこよへ帰ってしまいます。

共に国を造ってくれるパートナーを失い、『大国主オオクニヌシ』は途方に暮れ、「誰か、私と共に国を造ってくれないだろうか!」と弱音を吐いていました。

すると、またしても海から “後神ごこう” を放つ「神」が現れて、言いました。

現れた神:「私を厚くもてなしなさい。そすれば、あなたと共に国を造りましょう、そうしないのなら国造りはうまく行かないでしょう」と。
オオクニヌシ:「では、どのように、もてなせば良いのでしょうか?」
現れた神:「私の『和魂にきみたま』を『』の『東の山上』に奉祀たてまつりなさい」

こうして『大国主オオクニヌシ』は現れた神を『=大和』の『東の山の上=御諸山みもろやま三輪山みわやま』に『和魂にぎみたま』をお祀りし、共に国を造り上げていきます。

(※この神はのちに『オオモノヌシ』と呼ばれます。)

凛のトリビアPOINT!

・『大国主オオクニヌシ』の代でも、『近縁者間きんえんじゃかんでの結婚』が多くみられました。
まぁ、全ての神々が、「元」を辿れば『イザナギ・イザナミ』の2尊の創造神から生まれてきている訳ですから、仕方ないと言えば仕方のないことなのかもしれませんけど・・・。

・この『大国主オオクニヌシ』の代では、求婚は『歌をんで』気持ちを伝えるという、のちの平安貴族たちの間で見られる「常識」が形成されていきます。

・意中の相手に ”歌” を贈り、贈られた相手は ”返し歌” で返答する・・・みやびな感じがしますよね。

面白いことに「求婚された女性は一度断る」という ”お作法さほう” があったそうです。
で、男はその日は大人しく帰り、翌日再び訪れて結ばれる・・・というのが粋だったとか。
現代でも「少し “じらす” のがテクニック♡」なんてよく聞きますよね。そっちの方が燃えるんでしょうか!?

神様たちも使っていたテクニック・・・まさに『神テク』です笑

・異様な “いで立ち” で船に乗って現れた『スクナヒコナ』ですが、「見たこともない服装や船、その上「言葉」も通じない」とは何を表しているんでしょうか?
そうです、『スクナヒコナ』は海の向こうの外国から来た氏族なんですね。

朝鮮説や沖縄説などがありますが、共に国を造るほどの強い力(異文化)を持っていたんでしょう。ただし、『造化三神ぞうかさんしん』の『神結かみむすび』が「自分の生み出した神かも・・・」みたいなことをカミングアウトするシーンもあるので、遠い祖先が同じであることは間違いなさそうです。

でも『造化三神ぞうかさんしん』を含めた『別天津神こと-あまつかみ』は、たしか『ひとがみ』だったのでは?とツッコミたくなりますよね。

・『スクナヒコナ』は、おとぎ話『一寸いっすん法師ぼうし』のモデルになった神様です。『少彦名』と記されることが多いです。「日本書記」にも登場する愛媛県松山市の『道後どうご温泉』は「大国主」と「スクナヒコナ」が開拓したとも言われています。
(スクナヒコナが急病に苦しんだ時、大国主が手のひらで道後の温泉に浸すと、たちまち元気になって、喜んだスクナヒコナは石の上で踊ったという伝承があります)

・「少彦名すくなひこな神社」と呼ばれる神社は全国各地にありますが、大阪市中央区の「少彦名すくなひこな神社」などが有名です。

・「道後どうご温泉本館」にはスクナヒコナが躍ったと言われる『玉の石』という石があって、(病気平癒などの)願い事をしながら、石に温泉をかけると “願いが叶う” と言い伝えられています。

『道後の湯で回復し、踊る少彦名と大国主』

・『大国主オオクニヌシ』と共に国を造ったとされる『オオモノヌシ』ですが、実は、『大国主オオクニヌシ』と同一神なんです。『和魂にきみたま』とは『霊力』というか『魂』のようなものを指しています。
つまり、こういうことです。

『スクナヒコナ』が去り、「これから、どうやって国造りを進めていけばいいんだ…。」とウジウジしていた “デキない大国主オオクニヌシ”。そこに、もう一人の人格“デキる自分” (大物主おおものぬし)が降りてきます。まさに「神が降りてきたぁ~!」って状態です。この“デキる自分”を=奈良のもろやま三輪山まつったという話なんです。

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(前説)
大国主神オオクニヌシのかみ』は国造りを進め、いつしか『葦原中国あしはらナカツクニ:地上界』は強大な国になっていました。そんな平和な地上界に不吉な影が迫っていたのです・・・

(本文)
国譲くにゆずり』神話

高天原たかあまはら:天上界』を治めている『天照大御神アマテラスおおみかみ』は、ある時、言い出します。

「 ”豊かな稲穂いなほの実る国”(つまり『地上界』)は、私の子供である(五柱神の長男)『天忍穂耳命アメノおしほみみノミコト:通称(おしみみ)』が統治するのが相応しいのです」

そう言うと、『おしみみ』に地上に降りるように命じます。

『おし穂みみ』が『天浮橋アメノうきはし』に立って地上に降りようとすると、当然、地上界に元から住んでいる『国津神くにつかみ』たちは騒ぎ出しました。
そのあまりの反感に『おし穂みみ』は一旦引き返し、『アマテラス』に「地上が騒々しいのです」と泣き付きます。

アマテラス』は『造化三神ぞうかさんしん』のうちの1柱『高御産巣日神タカミムスビのかみ:通称高み結び』と共に、『八百万神やおよろずのかみ』を『天安川アメノやすかわ』に集めて言いました。

「地上界は私の子『おし穂みみ』に統治させると言って与えた国です。ですが、『あらぶる神(国津神)』が抵抗するのです。誰をつかわせればしずめることができるのでしょう?」

そして ”知の神”『思金神オモイカネのかみ』に策を練らせます。『オモイカネ』は『八百万神やおよろずのかみ』と話し合った結果、(五柱神の次男)『天菩碑能命アメノホヒノミコトアメノほひの』をつかわせるべきですと進言しました。

こうして、『アメノほひの』は地上に降り立ちます。ところが『アメノほひの』は『オオクニヌシ』にこびを売り、懐柔かいじゅうされて居ついてしまい、結局3年経っても報告すらしませんでした。
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アマテラス』は、何の音沙汰おとさたもない『アメノほひの』を見限って、再び『オモイカネ』と『八百万神やおよろずのかみ』に、「次は誰をつかわせれば、うまく行くのか」と尋ねます。

『オモイカネ』は『天津国玉神アマツくにたまノカミ』の子である『天若日子アメノわかひこ』がよいと進言します。そして『天之麻迦古弓アマノまかこゆみ』と『天之波波矢アマノはは矢』を『天若日子アメノわかひこ』にたずさえさせて地上界へ差し向けました。

地上界に降りた『天若日子アメノわかひこ』は、国を奪うための策略として、『大国主オオクニヌシ』と宗像むなかたさんじょしん『タキリ姫』の娘『シタテル姫』を娶ります。ところが(思いがけず時間ばかりが掛かってしまい)8年もの間報告もしませんでした。

アマテラス』と『たかむすび』は、「オモイカネ」「八百万神やおよろずのかみ」と相談し、『きじ』の化身である『鳴女なきめ』を遣わせることにしました。『アマテラス』は『鳴女なきめ』に、地上界に降り、『天若日子アメノわかひこ』に会って、地上界の併合はどうなっているのか?なぜ8年も連絡をしてこないのか?を問いただすように、命令しました。

命令を受けた『鳴女なきめ』は地上界に降り立ちます。『天若日子アメノわかひこ』の御殿の前に来て、『天若日子アメノわかひこ』の ”侍女じじょ” に、『天津神あまつかみ:天上界の神々』の言葉を伝えます。

侍女じじょの名前は『天探女アマノさぐめ』と言います。『さぐめ』は御殿に戻り『天若日子アメノわかひこ』に伝えます、「外に不吉な鳴き声の鳥(キジ)が来ています、射殺した方が良いでしょう」と・・・。『さぐめ』は『天若日子アメノわかひこ』をたぶらかす神(天邪鬼あまのじゃく)でした。

そう言われて、『天若日子アメノわかひこ』は天界から持ってきた神の『弓矢』で『鳴女なきめ:キジ』を射抜きました。その矢は、鳴女なきめの身体を突き抜けて、天上界の『天安川あめのやすかわ』に集まる神々のもとまで飛んで行きました。
たかむすび』が矢を拾い上げると、矢には血がついていました。そして『たかむすび』は八百万神やおよろずのかみの前で宣言しました。

「この矢は『天若日子アメノわかひこ』に持たせた神の矢である。もし『天若日子アメノわかひこ』が、天から与えられた使命を果たそうとして、悪しき神を射たのであれば、この矢は『天若日子アメノわかひこ』には当たらないだろう。しかし『天若日子アメノわかひこ』が天命の背き、よこしまな気持ちを持っているのであれば、この矢が『天若日子アメノわかひこ』を殺すだろう」
そう言って、飛んで来た方向めがけて矢を放ちます。

たかむすび』が射返した矢は、朝方、床に寝ていた『天若日子アメノわかひこ』の胸に刺さって、死んでしまいました。

天若日子あめのわかひこ』が死んだことを知り、妻の『シタテル姫』は大泣きしました。
その声は風にのって天上界まで聞こえるほどでした。
鳴き声を聞いた『天津国玉神アマツくにたま天若日子アメノわかひこの父』と一族は、『天若日子アメノわかひこ』の死を悟り、嘆き悲しみ地上界まで降りて行きました。

そして、『喪屋もや:安置する場所』を作り、『鳥』たちに、給仕きゅうし係、掃除係、おそなえ係、泣き係など、それぞれ役割を与えて8昼夜もの間、とむらいました。

天若日子アメノわかひこ』の妻『シタテル姫』の兄である『高日子根たかひこね』も祭事場にやってきました。

ここで事件が起こります!!(;゚Д゚)ナニナニ!?

高日子根たかひこね』の姿を見た、『天津国玉アマツくにたま』や一族は『天若日子アメノわかひこ』が「生き返った(死んでいなかった)」と言って足にすがり付いて歓喜しました。

なぜ、こんなことが起きたのでしょう? 『シタテル姫』の兄『高日子根たかひこね』と夫『天若日子アメノわかひこ』は瓜二つだったからでした。

ところが、死者と間違われた『高日子根たかひこね』は「親友のとむらいに来て、死者と間違われるとはけがれれてしまう!」と言って激怒します。剣で喪屋もやを壊し、蹴り倒して出て行ってしまいました。
『シタテル姫』は歌をんで『高日子根たかひこね』の怒りをしずめ、『天津国玉アマツくにたまと、その一族』の誤解を解きました。

この時、『高根日子たかひこね』が切ってしまった喪屋もや天若日子アメノわかひこの祭事場)が『美濃みの(岐阜)』の『やま』です。そしてその剣は『大量おおはかり神怒剣かむどのつるぎ』と呼ばれます。

凛のトリビアPOINT!

・『造化三神ぞうかさんしん』のうち、最初に現れた神は『天之御中主神アメノミナカヌシノカミ』は他の2神が現れると、姿を消します。次に『高御産巣日神タカミムスビのかみ:通称(たかむすび)』『神産巣日神カミムスビノカミ:通称(神結かみむすび)』が現れるんですが、この2神は、その後もよく現れ、神々に影響力をもった存在として描かれています。

特に『たかむすび』は『天津神あまつかみ』系・『神結かみむすび』は『国津神くにつかみ』系で、それぞれ影響力を示します。そう言えば『オオムナチ』が一度死んだときも、『スクナヒコナ』が現れたときも、神々が頼りにしたのは『神結かみむすび』でしたよね。

・アマノさぐめ=あまのさぐ=あまのじゃく(天邪鬼)って面白いですね。
辞書では「人の言うことや、することに、わざと逆らうひねくれ者」という意味もあるみたいです。やっぱり『さぐめ』と一致しますよね。

・『天若日子アメノわかひこ』が死んだ際に行った「儀式」が、その後の ”葬儀の原型” だったと言われています。「泣き係」は大泣きをして、場を盛り上げ、故人がいかに偉大であったかを知らしめる大切な役割がありました。一種の職業のような感覚ですかね。
神話の中ではまたしても『きじ』が任命されています。昔の人は、きじの鳴く声が、よほど女性の泣き声に聞こえたんでしょうね。

・勘違いとはいえ、子供が生きていたと足にすがり付いて歓喜する友人の親に対し、激怒して斎場を足蹴あしげで壊すとか・・・小さいですよね~。ドン引きです(-_-;)。

・私は、『天若日子アメノわかひこ』が “生き返った” と歓喜したのは『天津国玉あまつくにたまの神』と “その一族” と紹介しました。ですが、実は死んだ『天若日子アメノわかひこ』の妻『シタテル姫』ですら「勘違いして喜んだ」とする説もあるんです(゚д゚)!
本文では『我が君は死なずてし~』と書かれているんですが、この ”きみ” とは妻が夫を指しているセリフなんじゃないかって言われているんです。つまり「私の夫は死んでなんていなかった~♪」という意味にも読めるんです。

ん・・・!? だとしたら、変ですよね。だって死んだ ”夫” と似ていたのは自分の ”実兄” ですから。そして実兄と夫は ”親友” と呼び合うほど頻繁に交流していた。
・・・となると、妻は2人が似ていることは、もちろん承知していたでしょう。なので、普通に考えれば斎場に現れたのが夫ではなく兄であることは簡単に分かるはずなのに・・・。
という訳で、私は、「天津国玉あまつくにたまと、その一族」という説で書かせて頂きました。

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(本文)
地上界での様子を聞いて『アマテラス』は、次につかわす神を『オモイカネ』と『八百万神やおよろずのかみ』に思案させました。
いくつかの案が出たのですが、最後に落ち着いたのは、『建御雷神たけミカズチのかみミカズチ神』をつかわすという案でした。さらに『天鳥船神アメノとりふねノカミ天鳥船』をお共につけました。

『ミカズチ神』は『イザナミ』の死の原因となった火の神『カグツチ』を、『イザナギ』が怒りのあまり切り刻んだ際に、飛び散った血から生まれた神です。

2神は出雲いずもの『伊那佐いなさの浜』に降り立ちました。そして剣を地面に『逆向き(刃が上に)』に突き刺し、その上に「あぐら」をかいて、『大国主オオクニヌシ』に問いました。

ミカズチ神:「私は『アマテラス』と『高み結び』の使者として参った。この地上界は我らが御子『おし穂みみ』が統治する国である。お前の意見を聞こう!」
大国主オオクニヌシ:「私ではなく、我が子『八重事代主神ヤエことしろぬしノカミ:通称(事代主ことしろぬし)』が答えましょう。しかし、今は狩猟に出ていて不在なのです。」

『ミカズチ神』は『天鳥船あまのとりふね』を差し向けて、『事代主ことしろぬし』を探させ、呼び寄せました。そしてもう一度同じように問い詰めます。

親子で『国譲くにゆずり』を迫られ、とうとう『大国主オオクニヌシ』は「恐れながら、この国は天津神あまつかみの御子に、おゆずりしましょう」と承諾しました。

子の『事代主ことしろぬし』も船を蹴り傾けて『あま逆手さかて』を打って青柴垣あおしばがきに変え、そこにもりました。

その様子をみて、『ミカズチ神』はさらに『大国主オオクニヌシ』に問いかけます。

ミカズチ神:「今、お前の子『事代主ことしろぬし』も、『国譲くにゆずり』を認めた。他に意見を言う子はいるのか?」
大国主オオクニヌシ:「私の子『建御名方神(たけミナカタ神)』がいます。それ以外には、おりません」

そこに『ミナカタ神』が現れ、大岩を持ち上げて言います。
「我が国(地上界)に来て、(私の知らぬ間に) “コソコソ” と国をゆずれとゆする者は誰か? それなら正々堂々と力比べをしようぞ!」

そう言うと、2尊の神は剛力を出して組み合います。しかし、結果は『ミカズチ神:天上界』の圧勝でした。『ミナカタ神』は投げ飛ばされ、そのまま退散してしまいます。

『ミカズチ神』は『ミナカタ神』を科野しなのの国』の『州羽すわの海』まで追いかけました。そこで “とどめ” を差そうとしたときに『ミナカタ神』が命乞いのちごいをします。『国譲くにゆずり』を認め、自分は『州羽すわの海』から一歩も出ないと誓いを立てました。

こうして、子である2神が『負けを認めた』ことで、『葦原中国あしはらナカツクニ:地上界』は『天津神あまつかみ』に明け渡されることになりました。

大国主神オオクニヌシ』は「この地に、(大きな柱を持つ)「天まで届くような神殿」を建て自分の魂をまつらせること」「天上界に逆らう者が出ないように、子である『事代主ことしろぬし』を『国津神くにつかみ』の長にけること」を最後の注文として、遠い幽界ゆうかいに下がる約束をします。

『ミカズチ神』と『天鳥船あまのとりふね』は、「出雲いずもの『多芸志たぎし』に「天まで届くほどの高い神殿」を作り、国中の海の幸を、載せる台がたわむほど、いつまでも献上しましょう。」と約束します。

その後、『ミカズチ神』は天上界に戻り、地上界を併合したことを報告しました。

こうして、長男『おし穂みみ』のとんぼ返り、居ついたまま「音信不通」の次男『アメノほひの』、天邪鬼あまのじゃく翻弄ほんろうされ、きじ(使者)を射た矢で逆に殺された『天若日子アメノわかひこ』、『ミカズチ神』と長い年月と数々の失敗を繰り返して、ようやく地上界の征服に成功しました。

この一連の事件を『大国主オオクニヌシ』が『天津神あまつかみ』に日本という国を譲り渡す『国譲くにゆずり』と呼びます。
そして、この後、天上界の神々が地上界におり、統治する『天孫降臨てんそんこうりん』が始まるのです。

凛のトリビアPOINT!

・苦労して地盤を固めてきた国を、いきなり ”乗っ取られる” という何とも不条理なお話です。普通に考えると、未開拓地が徐々に「実り多い国」になってきたので、横取りしちゃおうぜ!ってことですよね。神話の中では、ここに至る思考が書かれていないんですよね。突然の侵略行為です・・・ほんと。

それにしても大国主オオクニヌシ・・・ 『八十神やそがみ』たちに苛められ、スサノオにシゴかれ、1人では国も造れず、早々に実権を子に移譲して、強い侵略者が現れたら、息子に聞いてくれと丸振りしたり・・・なんだかえない神ですね。

ただ、神話の中では、とてもあっさりと『ミカズチ神』に国を譲り渡していますが、実際は激しい領地争いがあったんだと思います。それこそ血で血を洗うみたいな戦いがあったんでしょう。
でも、ここを具体的に描写すると、のちの天皇家の正当性が揺らぎかねない。そんな政治的な臭い(大人の事情)がプンプンしますね。

・さて、”えない、えない” と散々言ってしまいましたが、実は「大国主オオクニヌシ」は誰もが知る神様なんですよ。どういうことか(。´・ω・)?

大国→大(だい)国(こく)→大黒→大黒さま♪
そうです!大国主神オオクニヌシ大黒天だいこくてんだったんですね~!
頭巾ずきんをかぶり、大きな袋を担いで米俵こめだわらの上に立って、ほがらかに笑っている ”長者姿” が特徴ですよね。あの袋は八十神やそがみたちに ”こき使われていた” ときの袋です。こう考えると、意外と身近に感じませんか?

七福神は
『水蛭子(ひるこ)』が『恵比寿天えびすてん
市杵島姫命いちきしまヒメ:サヨリ姫』=『弁財天べんざいてん』とこれまで紹介してきましたよね。

・『アマテラス』が地上界に神をつかわせるとき、何度も何度も『オモイカネ』や「八百万神やおよろずのかみ」に意見をう姿勢に、少しイラッとしますよね。一番偉いんだから自分で決めればいいじゃん!って。
でも、これ当時の社会情勢が反映されていた可能性もあるんです。当時、日本は有力な豪族ごうぞくが集まって、共同統治していたという背景がありました。
そのため、「何をするにも協議を経てから」という合議制があり、神話に影響してしまったのではないかとも言われています。

・『天鳥船アメノとりふね』は『イザナギ・イザナミ』の子です。『神生かみうみ』の頃に生まれました。

・『伊那佐いなさの浜』は現在の出雲市いずもしの『荒木浜あらきはま』を指しています。昔、この浜は『稲佐浜いなさはま』と呼ばれていました。実は、出雲大社いずもたいしゃのわりとすぐ近くで、いきなり「敵陣の真ん中」に乗り込んだというイメージですね。

国譲りイメージ

・剣を逆さまに地面に刺して、やいばの上にあぐらをかく・・・まるでイリュージョンです 笑
ただ、このくだりには大きく2つの意味があります。ひとつは『ミカズチ神』が「剣の神(戦の神)」だったこと。2つ目が、それだけ「霊力が凄い(力が強い)」ということを抽象的に物語っているんです。

・『ミカズチ神』が『国譲くにゆずり』を迫った際、『大国主オオクニヌシ』が “息子の『事代主ことしろぬし』が答える” と返したのは、この時すでに、統治の実務は『事代主ことしろぬし』に任せ、自分は『出雲いずもの国』の『象徴・シンボル』として君臨していたということですね。

・『事代主ことしろぬし』が「狩猟で不在」=「領地争いで遠征中だった」という説もあります。それを第三者が中断させて呼び戻すあたり、『ミカズチ神』ってどんだけ強いの!?と思いますよね。

・『事代主ことしろぬし』が ”船を蹴り傾けて『あま逆手さかて』を打って、青柴垣あおしばがきに変えて、そこにこもりました” というくだりの解釈が本当に難しいんですよね。

「蹴り傾けた=蹴ってひっくり返した」「天の逆手さかて=呪術的な意味をもったかしわ(手を打つこと)」「青柴垣あおしばがきに変えた=部外者の進入を阻む垣根かきね」「こもる=表だって外に出ない、実権を退く」と、大体こんな意味です。
悩みどころは柏手かしわでを誰の為に打ったのか?と言う点なんですよ。
「悔しいけど逆らえないから、せめて天上界に逆手さかてを打って ”のろい” を掛けよう!」という意味なのか、「天上界に組み入った以上、(青柴垣あおしばがきの中で)天上界のたてとなろう!」という意味なのか・・・ 大分意味が変わってきますよね。

柏手かしわでは神社などにお参りするときに手をパンパンって打ちますよね。これが『柏手かしわで』です。通常は胸の前で打ちますが、『逆手さかて』は通常ではない方法で打つ、呪術的な意味がある手の打ち方なんです。首の後ろで打つとかかなぁと想像するんですが、一切やり方は書かれていません。

事代主ことしろぬしこもったのは島根県の『美保みほ』といわれ、今でも『美保神社みほじんじゃ』に主祭神としてまつられています。

・『ミカズチ神』と『ミナカタ神』の力比べは、“取り組み”を表し、相撲すもうの起源となったと言われています。相撲すもう神事しんじであり、日本の国技だという理由は、こんな所からも伝わりますね。
相撲には西と東がありますが、天上界と地上界の争いと通じるものがありますね。

『科野の国』は『しなののくに』、つまり信州しんしゅう(長野)です。『州羽の海』とは『すわのうみ』、つまり『諏訪湖すわこ』を指しているんです。

・『神無月かんなづき』とは、旧暦で10月を指します。「神がいなくなる時期」という意味です。
どうしていなくなるのか? 実は、日本中の神様が一斉に『出雲大社いずもおおやしろ』に集まるんですって。
なので、神がいなくなる月=神無月かんなづきとなったそうです。
ところが諏訪大社すわたいしゃまつられている神様だけは、10月になっても諏訪すわにいます。このため、諏訪すわ地方では10月を『神在月かみありつき』と呼ぶそうです。
なぜか?ここは「国譲くにゆずり」神話で追い詰められた『建御名方神(たけミナカタ神)』をおまつりしています。
追い詰められた際、ここから一歩も出ないと誓いましたよね。なのでここにいるんですよ。

諏訪すわの神だけは「身体」が大きくて、「移動が困難」だったので、他の神々が気を使って、「来なくても良い」と言ったとの説もあります。

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 凛のホッと♡一息コラム
『神話と大社と私』

部屋とYシャツと、、、みたいなタイトルですが・・・
こんにちは、凛です。

以前、私は記事の中で、“神話や昔話” と “現実世界” が交わる “接点” が大好物だ!なんてお伝えしました。そんな中でも、『出雲大社いずもおおやしろ』はまさに “接点の宝庫” といっても過言ではありません!
というか、「日本神話」自体が、この出雲いずもを中心として作られているんですから、当然っちゃあ当然ですよね笑 というわけで!? 今回は出雲大社いずもおおやしろにまつわる “小ばなし” を少し・・・

出雲大社いずもおおやしろ』と言えば『大国主神オオクニヌシ』がまつられている日本一有名な神社のことですよね。
『いずも“たいしゃ”』ではなく正式には『いずも “おおやしろ”』と呼びます。知っていましたか?
もっとも、出雲大社いずもおおやしろでは、“たいしゃ” の方が浸透してるし、「皆がそう呼ぶのなら否定はしないよ♪」っていう大御所おおごしょぶり、さすがです笑
何はともあれ、『おおやしろ』と名乗れるのは『出雲大社いずもおおやしろ』だけと言いますから、改めて “日本を代表する神社” なんだなぁって思います。

さて、この「国譲くにゆず」神話は長い間フィクションだと考えられていました。ところが、発掘や調査が進むにつれ、あれれ・・・実は、”ほぼほぼ” 実話だったんじゃない?っていう物証が出てきたんですよ!

遷宮せんぐう』といって、60~70年ごとに “ご神体” を別の社殿へと、交互に移す儀式が行われることで有名な出雲大社いずもおおやしろですが、長い歴史の中で、社殿は何回も作り変えられてきたと言われています。
当り前ですが、“今は” 地面の上に立派な社殿が建てられていますよね。
“今は” と書いたのは、実は昔、それこそ神話の時代、社殿は “空の上” にあったんです!?
なんとなんと、あの大きな社殿が48mという異常に高い位置に建造されていたんです!! そびえ立つような大きな柱の上に!(興奮)

『天にも届くような神殿』イメージ

稲佐浜に立つ神殿イメージ

と言うのも、2000年に出雲大社いずもおおやしろの敷地内から『宇豆柱うずばしら』と呼ばれる「杉の柱」が出土されちゃったんです。直径1.3mもの巨木を、なんと3本も束ねて1つの柱にして、その柱を9本(つまり3×9=27本)も立てて、社殿を支えていたというのです。

それにしても、48mって言ったらビル10階分の高さですよ、目がくらみ、足がすくむ高さです!
見上げるような高い神殿に向かって、地上から「階段」が一直線に延びていく・・・ 神を感じますよね。いや神しか感じません!

出てきちゃったものは仕方ない!もう認めるしかないですよね。『大国主神オオクニヌシ』が「国譲くにゆずり」の際に条件として出した『太い柱を立て、天まで届くような神殿を建てる』という約束を、天津あまつかみたちが実現したってことですよねっ!ねっ!

古代文明って不思議なことが多くて、例えばエジプトのピラミッドや天空都市マチュピュチュ、イースター島のモアイ、ナスカの地上絵など、どうやって造ったの!? ショベルカーもクレーンも無かった時代に!ってものばかりです。それはもちろん日本にもあって、そのひとつがこの『出雲大社いずもおおやしろ』だと思います。

今回出土した「宇豆柱うずばしら」は推定で鎌倉時代のものと言われていますが、それ以前(創建初期)から高層建築だったと言われていますので更なる調査に期待です!『宇豆柱うずばしら』は出雲大社いずもおおやしろの敷地に隣接している「古代出雲歴史博物館」に展示されています。ぜひ観ていただきたい “神話と現実世界の接点” です!

出雲大社いずもおおやしろや伊勢神宮に参拝する時は、『二拝にはい四拍手よんはくしゅ一拝いっぱい』と覚えておきましょう!(※通常は2・2・1)
お辞儀は90度!はいっ!そこで止めて~!たっぷり時間をかけて・・・顔を上げましょう!(ってジムのインストラクターみたいですけど笑)
手を打つ時は「手のひら」をぴったり合わせずに、少し右手を引くと良いでしょう。←手のふしを合せると『節合ふしあわせ=不幸ふしあわせ』だからです。

ちなみに私は神社では “ずらし”、お寺さんで合掌がっしょうするときはぴったり合わせます!だって『おててのシワとシワを合せて、幸せ。南無なむ~』って言ってるじゃないですか!あっ、これCMか!?
お後がよろしい様で・・・。

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