[Lico] 熊野詣④ 武蔵坊弁慶に会える『熊野速玉大社』

熊野三山のひとつ『熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)』

『熊野信仰』の原点は、自然に対して祈りを捧げる「自然崇拝」です。ここ『熊野速玉大社』も『天乃磐盾(あまのいわだて)』と呼ばれる神倉山の『コトビキ岩』を御神体として始まった神社でした。神倉山の「コトビキ岩」は神社のお社の上を覆うほどの巨岩がせり出した最強パワースポットなのですが、今回は時間が無く行くことができませんでした。(次回再チャレンジしたいと思います!)

その神岩の上に降り立ったとされるのが、主祭神の『熊野速玉大神』と『熊野夫須美大神』で、それぞれ『イザナギ』と『イザナミ』のこととされています。『家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)』と合わせて熊野三神とも呼ばれています。

一の鳥居と神橋。

熊野速玉大社は早くから神道と仏教が融合して混ざり合う『神仏習合』が進んでいて、日本の神様が仏教の仏様として信仰されていました。たとえば『熊野速玉大神(=イザナギ)』は『薬師如来』であり、『熊野夫須美大神(=イザナミ)』は『千手観音』であり、『天照大御神(アマテラス)』は『十一面観音』であったりと多くの神様が、同時に仏様として崇められていたんです。

こういった仏や菩薩が神様として人々の前に現れることを『権現(ごんげん)』と言います。なので『熊野三山』は『熊野権現(ゆやごんげん)』とも呼ばれています。

また、ここ『熊野速玉大社』には『古神宝類』という1000点を超える祭器や調度品が国宝として指定・所蔵されていて、その歴史を物語っています。

摂社の『手力男神社』と『八咫烏神社』

神宝殿の前に威風堂々と立って、睨みをきかせているのが、“牛若丸との対決”や“立往生”、“弁慶の泣き所”などで有名な、かの『武蔵坊弁慶』の木像です。こちらは弁慶の出自の神社(寺)と伝えられているんです。

ちなみに『牛若丸』とは若かりし頃の『源義経(みなもとのよしつね)』(源頼朝公の弟で、源平合戦の立役者)

のことです。京都の五条大橋の上で決闘して、破れた弁慶が家来になって大活躍したと言われています。

さらに義経が敵に攻められて“あわや”という場面で、弁慶が立ちはだかり、前進に矢を浴びながらも倒れることなく(仁王立ちで)亡くなった(往生)したことから、弁慶の勇猛果敢ぶりを示す逸話が残されています。

弁慶の泣き所とは、『脛(すね)』のことですね。思いがけず脛を打った時のあの悶絶する痛み・・・くぅ~ってなりますよね、みなさんも脛を抱えて転げ回った経験があるんではないでしょうか? さすがの弁慶も泣きだすほど痛い場所という意味があります。(どんなに強い物でも弱点があり、そこを突かれる弱いということわざ)

さて、参道を進むとそれはそれは色鮮やかな神門が見えてきます。

『神門』の前にある『狛犬(獅子)』

顔を上に向け、目を合わせてくれない『照れ狛(*ノωノ)』です。いい感じに苔むしていますね。

摂社『熊野稲荷神社』

『手水鉢』です。朱色が眩しすぎ!

水出口は龍神です。

お作法案内です。

『神門』「未来へ繋ぐ・日本の祈り」扁額には「全国熊野神社 総本宮」とあります。

天皇家の菊御紋もキンキラキンに輝いています。

木彫りの獅子と馬

『御祈願絵馬奉掲所』と『世界遺産』登録を記念した石碑

立派な拝殿です。色も鮮やかで美しいですね。

『熊野速玉大社』に祀られる13柱にもおよぶ御祭神社。

澄み渡る青空、緑成す熊野の山・・・社務所も賑わっています。

たくさんの「お守り」や「おみくじ」があります。

「七福神みくじ」

かわり守り達がズラリ

「御神籤(おみくじ)」

左が「熊野詣 梛(なぎ)みくじ」、右が「熊野権現 万福おみくじ」

「招き猫おみくじ」

左が「縁みくじ」、右が「華の筒みくじ」

参拝を終え、御朱印を頂きました。

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日本の神話について分かりやすく解説しています。

凛の『教えて♡神様、仏様!トリビア♪』を見る。

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