[Lico] 一粒萬倍!の霊泉に品川富士。見どころ満載の『品川神社』

京浜急行(京急)の『新馬場駅』から『第一京浜(国道15号線)』沿いを歩くと・・・

道路の反対側に小高い丘が見えてきます。この都会の中の緑の森が東京十社のひとつ『品川神社』です。

頭頂部に鯉のぼりが揺らめく丘は、歩いて登れる人口塚になっていて、『品川富士』と呼ばれています。

実は、このように富士山に見立てた『富士塚』は江戸時代に流行った富士信仰の影響で、都内各地で作られたそうです。

↓『東海七福神』のうち、『大黒天』様をお祀りしています。

↓鳥居の前には迫力の『狛犬と獅子』

↓こちらは石作りの『鳥居』とその先には、見上げるばかりの石階段が見えます。

↓鳥居の両柱に、龍が巻き付いています。『双竜鳥居』と言うそうです。迫力ありますねぇ! 向かって左が『下り龍』、右が『登り龍』になっています。

さて気合いを入れて石段を登りましょう!

↓石段を登っていくと、ちょうど半分くらい登ったところで、『品川富士』の登山道入り口の鳥居が現れます。

↓道に迷わないように“道案内の神様”『猿田彦神』の祠が出迎えてくれます。

↓そしてすぐ近くに1合目から10合目(頂上展望所)まで道標が立っています。

↓二合目には巻物をもった仙人像。修験道の役行者らしいです。

↓仙人に従う2体の鬼。こちらは実はご夫婦の鬼だそうです。

↓さすがに富士山を模しているだけあって、周りはゴツゴツとした溶岩石が積み上げられています。

6合目と7合目の間が、一番の急坂なので滑らないように気を付けましょう!

やりました!登頂成功です! 山頂からは京急の電車と、品川の街を一望できます。見晴らしが良いですよ!

眼下には、境内を散策する参拝者が・・・

さて、麓(ふもと)の境内まで降りてきました。

品川富士の麓には、”富士とカエル” で ”無事帰る” を祈願した石像『ぶじがえる』がありました。

↓境内参道の左手に摂社『芳葉岡 冨士浅間神社』の鳥居が現れます。

↓冨士浅間神社の祠前を守る狛犬と獅子。台座に富士山の彫刻が彫られています。

『品川神社』の境内には非常にたくさんの狛犬と獅子がいます。
↓こちらは、おどけた表情の狛犬と獅子。

↓前肢が欠けてしまっていますが、こちらは陶器製の狛犬さん。

境内参道の右手には摂社『御嶽神社』は鎮座しています

品川神社の境内には7つの鳥居があり、全てくぐれば無病息災と言われています。

↓境内参道の中央にある鳥居。

↓『舞殿』も立派です。

絵馬所には、たくさんの絵馬が奉納されていますね。奥には手水舎が見えます。

↓手水舎の様子です。

↓珍しい『河童(かっぱ)』の像がありました。『水かけ河童』と呼ばれています。

珍しい、石に彫られた作法案内です。

↓本殿前の『子取りの狛犬』

↓同じく対の『子取りの獅子』

↓こちらが『本殿』になります。早速お参りさせていただきます。

鎌倉幕府を興した源頼朝公が海の安全と祈願成就を願い、安房の国(千葉県)から『天比理乃咩命(あめのひのめり のみこと)』を招いて創建し、後に『徳川家康』公が関ヶ原の戦勝祈願のため参拝しました。

以後徳川将軍家の篤い信仰を受けたので、社紋は『三つ葉葵』となっています。

↓本堂横にある『祖霊社』の祠

↓ご本殿の隣には連鳥居があります。

進んでいくと、『阿那稲荷神社(あないなりじんじゃ)』の上社が鎮座しています。

”天の恵み”のご利益を頂けるそうです。

↓神使のお狐さんも愛嬌のある顔立ちをしていますね。

↓上社の祠です。

首なしの・・・

欠けてしまった祠の屋根・・・ 時間の流れを感じさせます。

同じように連鳥居が続いていて、一番奥(下)には、少し趣の違う社が建っています。

↓ここが『阿那稲荷神社(あないなりじんじゃ)』の下社。地の恵みを願う場所です。

日中でも中は薄暗く、何か空気感が違うというか、何かがピーンと張り詰めたような雰囲気が漂います。

↓ここが一番の”神気”を感じました。ピリピリします。

提灯に照らされて、流れるのは『一粒万倍』とも言われる、銭洗い泉があります。

ここは金運のパワースポットとして非常に有名で、御神水でお金を清めて、地元の商店街で使えば、一万倍になって返ってくるとか!(楽■ポイントでも1%のご時世に、1万倍って・・・!)

↓「赤い面」は、徳川家康公が奉納したとされる能面=『天下一嘗(てんかひとなめ)の面』が描かれた絵馬です。下は東海道の旅を感じさせる『通行手形』の絵馬です。

社務所前に風流な金魚鉢

↓たくさんのお札や御守りが領布されています。

参拝を終え、御朱印を頂きました。(※私の平成最後の御朱印です)

先程登った登山口の反対にも、もう一つの登山ルート・・・本当の富士山みたいです。

さて、最後に本堂の脇(本堂と連鳥居の間)の小道を進んでいくと・・・(非常に分かりづらく、スルーされがちなのですが・・・)

幕末の志士でもあり、明治維新で近代国家の礎を築いた政治家、『板垣退助』のお墓があるんです。

板垣退助は自由民権運動の主導者、庶民派の政治家として圧倒的な人気があったと言われています。

有名な言葉、『板垣死すとも、自由は死なず』の刻まれた石碑も建てられています。

(※余談ですがこの高輪エリアは、初代内閣総理大臣『伊藤博文』や『岩倉具視(公家、政治家)』といった幕末明治維新で活躍した偉人が多く眠っています。)

4月ももう終わり。つつじが綺麗に咲き誇っています。

改めて見てみると、随分と登って来たもんです・・・ さて、帰りは気を付けて降りましょう。

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日本の神話について分かりやすく解説しています。

凛の『教えて♡神様、仏様!トリビア♪』を見る。

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