淡路「洲本城」の石垣と小説「お登勢」

「淡路南インターチェンジ」ここは淡路島の中で最も四国寄りのインターチェンジである。
淡路島南パーキングエリア(上り)に止めれば、遠くに『大鳴門橋(おおなるときょう)』が見える。その下が、「うずしお」で有名な鳴門海峡だ。

南北に長いこの島の中央に『洲本市』がある。
温泉に、遊びに、グルメに、歴史探訪にと、何かと楽しみが多い洲本市だが、今日は『洲本城』を訪ねてみようと思う。


洲本城の城下町『洲本市街』は「洲本温泉」の町としても有名だ。
洲本城は「山城」で標高133mの「三熊山(みくまやま)」の山頂に建っている。
写真でも(手前信号機の下)小高い山の上に城が見えると思う。

三熊山の麓にある『淡路文化資料館』と『洲本城跡』の碑。

この洲本城跡の最大の見どころは、『石垣』である。
山の頂上付近にこれだけの石垣を築くのは高度な技術と、途方もない労力があったと思われる。

なかでも、東側と西側に『登り石垣』という石組みが見られる。
山の下から上に向け、真っ直ぐに(登るように)石垣を這わすことで、(敵が)斜面を横切る動きを封じるための構造だ。日本では松山、彦根、洲本の3城にしか、この石垣は残っていない。

城全体では、石垣が崩れ掛けてしまっている箇所があるが、それがかえって、当時そのままの雰囲気を今に伝えている。

天守閣は、昭和に入ってから再現された「模擬天守」ではあるが、模擬天守の中では日本一古い建造物となる。(現在は天守閣への入場は出来ない)

本丸から見下ろすと洲本市街が一望できる。水軍の本拠地として築城されたというだけあって、海が近いし、見晴らしも良い。地の利を計った戦略的な地形だ。

幕末の動乱の中、この地を実質的に治めていた徳島阿波藩の城代家老「稲田氏」と、藩主「蜂須賀氏」の一部家臣との間で起こった争い『庚午事変(こうごじへん)』が起こります。

この事件をテーマに、淡路洲本を舞台として描かれた小説の主人公が『お登勢』だ。歴史上実在した人物ではないが、NHKのドラマを機に一気に知名度が上がり、街の活性化のために『お登勢の町』としてアピールされた。

銅像はそれにあやかったもので、現在は観光名所のひとつとなっている。

川端康成の小説『伊豆の踊子』にもみられるように、架空の人物や物語が、地域と強く結び付けられて、観光地化するということが日本各地でよく起こるのだ。

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