住吉大社・粟鹿神社・出石神社・伊和神社を巡る

摂津の国一の宮『住吉大社』

大阪の通天閣や阿倍野などの繁華街からもほど近い住吉区の中心部に
『摂津の国(せっつのくに)一の宮』『住吉大社(すみよしたいしゃ)』がある。

太鼓橋という独特の半円橋を渡り、参道を行くと鳥居と、石灯籠が見える。
その奥に大変立派な狛犬が左右に据えられている。
創建から1800年の歴史があり、全国2300ある住吉神社の『総本宮』である。
およそ20年に1度『式年遷宮』をする伝統が今なお残っている。

社殿の造りは『住吉造』で国宝に指定されている。
またその配置の類を見ないものである。
本殿社殿は4つの社(第一本宮~第四本宮)から成っており、第一から第三までが縦並び、第四が第三の隣に横並びという、極めて特殊なものである。

↓手前が第三本宮、右隣が第四本宮。写真には写っていないが、第三本宮の奥に第二本宮、そのまた奥に第一本宮が建っている。

『日本書紀』『古事記』に、『伊邪那岐の禊祓』という神話がある。
国生みを終えた『伊邪那岐(イザナギ)』と『伊邪那美(イザナミ)』は、次に多くの神々を産み落としていく(神生み神話)。
火の神『火之加具土神(ホノカグツチノカミ)』を生んだイザナミは、火傷を負い、死んで『黄泉国(よみのくに)』に行ってしまう。
イザナミの死を受け入れられないイザナギは黄泉の国の入り口へ行き、イザナミと会う。
イザナミは再び元の世に戻れるかを問うため黄泉の国へ戻るのだが、この時イザナギに決して黄泉の国を覗いてはならないと言い残す。
しかし、待ちきれないイザナギが黄泉の国に入り見た愛すべきイザナミは腐敗したおぞましい化物だった。
イザナミは恥をかかされた怒りからイザナギを殺そうとするが、命からがら逃げだすことに成功する。(黄泉国神話)
命は助かったもののイザナギはたくさんの呪い(穢れ)を受けてしまう。
イザナギが日向の阿波岐原(あわきがはら)という海で禊(みそぎ)を行うと、そこから次々と神が生まれる。左目を洗うと『天照大御神(アマテラスオオミカミ)』、右目からは『月読命(ツクヨミのミコト)』、鼻からは『須佐之男命(スサノオノミコト)』の『三貴神』と併せて27柱もの神々が誕生する。(伊邪那岐の禊祓神話)

この27柱のうち、海底、海中、海面に生まれ落ちた3柱は『日吉三神』と言い、底筒男命 (そこつつのおのみこと) 、中筒男命 (なかつつのおのみこと) 、表筒男命 (うわつつのおのみこと)と呼ばれ、それぞれ『日吉大社』の第一本宮から第三本宮の祀られている。
↓『第一本宮』 ここには第十四代仲哀天皇の妃である『神功皇后 (じんぐうこうごう)』 が日吉大神のお告げにより祀らるようになったと言われている。

但馬の国一の宮『粟鹿神社』

『粟鹿神社(あわがじんじゃ)』は兵庫県朝来市(あさごし)にある。『但馬(たじま)の国一の宮』である。

境内の「藤棚」が大変見事である。花の頃にこれたのは幸運だ。

境内は深い緑に覆われており、大杉がいたる所に生い茂っている。

『本殿』

但馬の国一の宮『出石神社』

こちらは兵庫県豊岡市にある、但馬の国一の宮『出石神社(いずしじんじゃ)』である。

播磨の国一の宮『伊和神社』と『鶴石』

兵庫県宍粟市(しそうし)にある『伊和神社(いわじんじゃ)』は 『播磨の国(はりまのくに)一の宮』である。

ご祭神は『大己貴神(おおなむちのかみ)』、つまり『大国主(おおくにぬし)』である。

境内の一角(本殿の裏)には、『鶴石(つるいし)』『降臨石』と呼ばれるご神体が祀られている。
豪族の『伊和氏』が大国主のお告げを聞き、この石の上に”北向き”に眠る『鶴』を見た。
そのため、この地に北向きに社殿を建て、大国主を祀ったのが由縁とされている。

こちらが『鶴石』、伊和氏が見たときは、こ石の上に2匹の鶴が北向きに寝ていたと言い伝えられている。確かに何か特別な力を感じさせる大石である。

境内は鬱蒼とした森林に覆われている。
大国主のお告げを聞いた伊和氏は、この地で「一夜にして樹々が群生し、森を成した」という不思議な体験をしたとされている。

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